2005年07月24日
ラブ・フォーティ 第1話 〜チョンマゲ〜
コーン、コーン、コーンという音で、新田真一は目を覚ました。
枕がわりに二つ折りにした座布団に顔をうずめたまま、しばらくその音に耳をかしていた。どこか遠くから響いてきて、とてもかすかだが、しっかりとしたリズムをきざんでいる。
何の音だろうと考える前に、新田はまず自分がひどい二日酔いであることに気がつかなければならなかった。胃のあたりからぞわぞわと吐き気が駆けあがってくる。反射的に喉もとに力を入れ、こらえた。
――これも仕事のうちだ。
そう自分に言いきかせながら重たい体をごろりと転じ、仰向けになった。まぶたを引きあげると、ほの暗い中にだだっ広い天井がひろがっていた。
新田はいま信州にいた。会社の社員旅行だった。新緑をまとった山々を四方にのぞむ、和風づくりのホテルを貸しきりにして、きのうから全社員大挙して来ていた。夜は200人を超える大宴会が催された。新田は、営業部第3課課長補佐とは別の肩書き“宴会部長”としてその夜を大いに盛りあげたのである。
今年こそはこの任から離れてのんびり酒を飲みたかったが、結局逃れることはできなかった。上からの命令だった。毎年毎年趣向を変えての新田の司会ぶりは、社内ですっかり馴染みのものとなり、とくに社長のお気に入りだった。
営業部第1課課長の安斎に言わせれば、「定年まで一度も話題になることもなく、名もない蟻のように働く社員のほうが多いのだから、社長からご指名を受けるほどの“宴会部長”ともなれば、それはそれでじゅうぶん価値があるじゃないか」ということになる。同期の出世頭である安斎らしい割りきった考え方に、新田は妙に納得していた。だから今年で12年目の司会役も精いっぱいに務めた。
浴衣の胸に「宴会奉行」と記した大きな名札をぶらさげ、チョンマゲのかつらとおもちゃの鼻眼鏡をつけ、マイク片手におどけながらの司会進行は大ウケだった。大宴会場を所狭しと動きまわる新田が、あちこちで勧められるままに盃を飲みほしてみせるのも恒例となっていた。
酒にはめっぽう強い新田だったが、それでも宴を終えるころから、にわかに酔いがまわりはじめた。余興の道具を片づけているあたりから記憶がおぼろになり、あるところからぶつんと切れている。その後どうしたのか思いだせなかった。
まるで長い暗闇をくぐり抜けて突然この大宴会場にふたたび放りだされたような感じだった。延々と広がる畳のほぼ中央でひとり新田は目を覚ましたのだった。
吐き気をこらえながらそろそろと上体を起こしてみた。どこまでも連なる襖の上、欄間から外光が漏れこんできているが、百畳を超える大広間をことごとく照らしだすにはあまりにも弱々しい。膳や座蒲団はすべて一遇に片づけられ、がらんとした空間は薄暗い冷気を漂わせている。初夏とはいえ、信州の早朝は、薄っぺらな浴衣1枚では寒い。
新田は身震いした。昨夜の盛況のただ中に自分がいたことなど嘘のように思えた。もぬけの殻のステージと座敷が、まるでうらぶれた芸人の捨て場所のようでもあった。
新田は酒くさいため息を吐き、揺れながら立ちあがった。はだけた浴衣から、たるみきった腹がぼってりとこぼれる。それを見おろし、しばらく手の平でさすってから鼻で笑った。笑うと、訳もなく寂しさがこみあげてきた。いたたまれずに襖(ふすま)のひとつに向かってよろよろと歩きだした。いまごろ同僚たちは柔らかい寝床で体を休めているのだと思うと、腹立たしくもあった。
襖を力まかせに引きあけた。とたんになだれこんできた無数の光線が、新田の目を突きさした。新田は思わず顔をそむけ目を閉じた。
まぶたの裏の残光がのろのろと溶けていくのを、体をこわばらせたままじっと待っていると、あの音がふたたび耳をとらえた。
コーン、コーン、コーン……
続き(第2話)を読む
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Posted by love40 at 13:56
│Comments(4)
この記事へのコメント
良いですねぇ〜。。感じがとっても良い。
最初のストーリーの出だしって私 拘る方ですが、スムーズで宜しゅう御座います。
此れからも是非、読ませて戴きますね!!
▼o^ェ^o▼
最初のストーリーの出だしって私 拘る方ですが、スムーズで宜しゅう御座います。
此れからも是非、読ませて戴きますね!!
▼o^ェ^o▼
Posted by
花桃 〈*・。・*)/
at 2005年12月18日 03:41
●●●花桃 〈*・。・*)/さんへ●●●
こんにちは!
>最初のストーリーの出だしって私 拘る方ですが、スムーズで宜しゅう御座います。
そう言ってくださると、とても嬉しいです!
ありがとうございます!
>此れからも是非、読ませて戴きますね!!
ぜひぜひ、読んでください!
年末年始、忙しいと思いますけれど、(と言っても、花桃さんはアメリカ在住なんですよね)、そちらの忙しさ具合がよくわからないのですが、でも、ぜひ読んでくださいね!
応援、よろしくお願いします!
こんにちは!
>最初のストーリーの出だしって私 拘る方ですが、スムーズで宜しゅう御座います。
そう言ってくださると、とても嬉しいです!
ありがとうございます!
>此れからも是非、読ませて戴きますね!!
ぜひぜひ、読んでください!
年末年始、忙しいと思いますけれど、(と言っても、花桃さんはアメリカ在住なんですよね)、そちらの忙しさ具合がよくわからないのですが、でも、ぜひ読んでくださいね!
応援、よろしくお願いします!
Posted by
オヤジライター加久時丸
at 2005年12月18日 06:48
ありがとう^^
とっても良くわかりました。
これからも。。。しっかり読ませてもらいますね!!
とっても良くわかりました。
これからも。。。しっかり読ませてもらいますね!!
Posted by もも♪
at 2005年12月18日 22:42
●●●もも♪さんへ●●●
>これからも。。。しっかり読ませてもらいますね!!
なにとぞよろしくお願いしまーす!
>これからも。。。しっかり読ませてもらいますね!!
なにとぞよろしくお願いしまーす!
Posted by
オヤジライター加久時丸
at 2005年12月19日 08:15




