2005年07月24日
ラブ・フォーティ 第2話 〜ニンジン〜
第1話より続く
襖(ふすま)1枚払ったぶん音はいくぶん鮮やかになった。新田は手をかざし、こわごわまぶたを上げた。1歩踏みでると、左右に長い廊下が伸びていた。廊下に沿って大きなガラス窓が連なり、ホテルの裏の中庭を見せている。新田は幅3メートルほどの廊下を横切り、ガラスに身を寄せるようにして外をうかがった。
行儀よく配された樹木、四方にめぐる回遊路、ところどころに置かれたベンチ、そしてこじんまりとした東屋。何よりも、新緑の葉が日の出をいただき青々と照りかえしを放っているのが美しい。新田は目を細め、さらにその向こうを眺めやると、きれいに手入れされた中庭に詰めよるように、野生林が周囲を囲んでいる。
新田が目を奪われていると、いきなり背後からひからびた声がからみついてきた。
「眠れたかね?」
びくりとして振りかえった新田の顔を、うらめしそうな目つきが見あげている。いつのまにか老人が立っていた。うす汚れた作業服の中に小細い体をおさめ、脚立をでかい赤ん坊のように抱えている。目が合うと「ふん」と鼻を鳴らした。しわに埋もれた目ににやけた笑いを浮かべ、宴会場を顎で指した。
「きのうはあそこでゴロ寝かね?」
新田は投げやりに苦笑し、うなずいた。老人は脚立を抱えなおし、新田の顔をしばらく覗きこんでいたが、やがてまた「ふん」と鼻を鳴らした。
「お客さんはサラリーマンかね?」
「ああ」
「その前は、何だね?」
「“その前”?」
「サラリーマンの前だよ」
「“前”? 前も何も、ずっとサラリーマンだ。それがどうかしたのかい?」
新田の二日酔いの顔にいらだちがかすめた。とたんに老人は身をすくめ、上目づかいになった。
「いや、どうもせんよ。あのなあ、俺あ、いろいろやったよ。百姓長くやってたけどアホらしくなって故郷(いなか)出て、トラックの運ちゃんやって、屋台のラーメン屋やって、それから解体屋の手伝いもしたし、ニンジン振り……、知ってるか? 道路工事で振る赤い誘導灯よ。そんなのもやったけど、どうにもこうにも暮らしがよくならないんで、結局いまはここだよ。それに比べりゃあ、お客さん、ずっとサラリーマンちゅうのは結構なことだよ。おっと……、油を売ってると、またマネージャーに怒られちまう」
老人は小走りで廊下のかなたへ逃げていった。角を曲がろうとして脚立を壁にぶつけ、あわてて立ちどまり、壁の傷を二・三度指で撫でまわし、唾をすりこみ、ちらと新田のほうを盗み見るやいなや廊下を折れて姿を消した。
新田はあっけにとられ、しばらく廊下の突きあたりに目をさまよわせていた。静寂だけが残った。そしてまた耳があの音をとらえた。
コーン、コーン、コーン……
錠をはずし、厚手のガラス窓を横に引きあけた。外から、冷たく磨かれた大気がどっと流れこんだ。と同時に、音は、まるで脱皮したかのように、あからさまな質感を帯びたものに豹変した。
カッー、カッー、カッー……
続き(第3話)を読む
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襖(ふすま)1枚払ったぶん音はいくぶん鮮やかになった。新田は手をかざし、こわごわまぶたを上げた。1歩踏みでると、左右に長い廊下が伸びていた。廊下に沿って大きなガラス窓が連なり、ホテルの裏の中庭を見せている。新田は幅3メートルほどの廊下を横切り、ガラスに身を寄せるようにして外をうかがった。
行儀よく配された樹木、四方にめぐる回遊路、ところどころに置かれたベンチ、そしてこじんまりとした東屋。何よりも、新緑の葉が日の出をいただき青々と照りかえしを放っているのが美しい。新田は目を細め、さらにその向こうを眺めやると、きれいに手入れされた中庭に詰めよるように、野生林が周囲を囲んでいる。
新田が目を奪われていると、いきなり背後からひからびた声がからみついてきた。
「眠れたかね?」
びくりとして振りかえった新田の顔を、うらめしそうな目つきが見あげている。いつのまにか老人が立っていた。うす汚れた作業服の中に小細い体をおさめ、脚立をでかい赤ん坊のように抱えている。目が合うと「ふん」と鼻を鳴らした。しわに埋もれた目ににやけた笑いを浮かべ、宴会場を顎で指した。
「きのうはあそこでゴロ寝かね?」
新田は投げやりに苦笑し、うなずいた。老人は脚立を抱えなおし、新田の顔をしばらく覗きこんでいたが、やがてまた「ふん」と鼻を鳴らした。
「お客さんはサラリーマンかね?」
「ああ」
「その前は、何だね?」
「“その前”?」
「サラリーマンの前だよ」
「“前”? 前も何も、ずっとサラリーマンだ。それがどうかしたのかい?」
新田の二日酔いの顔にいらだちがかすめた。とたんに老人は身をすくめ、上目づかいになった。
「いや、どうもせんよ。あのなあ、俺あ、いろいろやったよ。百姓長くやってたけどアホらしくなって故郷(いなか)出て、トラックの運ちゃんやって、屋台のラーメン屋やって、それから解体屋の手伝いもしたし、ニンジン振り……、知ってるか? 道路工事で振る赤い誘導灯よ。そんなのもやったけど、どうにもこうにも暮らしがよくならないんで、結局いまはここだよ。それに比べりゃあ、お客さん、ずっとサラリーマンちゅうのは結構なことだよ。おっと……、油を売ってると、またマネージャーに怒られちまう」
老人は小走りで廊下のかなたへ逃げていった。角を曲がろうとして脚立を壁にぶつけ、あわてて立ちどまり、壁の傷を二・三度指で撫でまわし、唾をすりこみ、ちらと新田のほうを盗み見るやいなや廊下を折れて姿を消した。
新田はあっけにとられ、しばらく廊下の突きあたりに目をさまよわせていた。静寂だけが残った。そしてまた耳があの音をとらえた。
コーン、コーン、コーン……
錠をはずし、厚手のガラス窓を横に引きあけた。外から、冷たく磨かれた大気がどっと流れこんだ。と同時に、音は、まるで脱皮したかのように、あからさまな質感を帯びたものに豹変した。
カッー、カッー、カッー……
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Posted by love40 at 15:02
│Comments(4)
この記事へのコメント
描写が上手いですね〜。
その場所にスリップするような感じ。。。だから、私は良い本を読むのが好きなんでしょうね。
その場所にスリップするような感じ。。。だから、私は良い本を読むのが好きなんでしょうね。
Posted by
花桃 ▼o^ェ^o▼
at 2005年12月20日 09:14
●●●花桃さんへ●●●
>その場所にスリップするような感じ。。。
そうですか!
ありがとうございます。
ぜひ、先をお楽しみください!
>その場所にスリップするような感じ。。。
そうですか!
ありがとうございます。
ぜひ、先をお楽しみください!
Posted by
オヤジライター加久時丸
at 2005年12月20日 14:08
第一話あっさりした文章で、読みやすいじゃん。
いやみがないから、いいじゃん。後は何を題材にするかだけだと思うよ。大衆が興味をそそる題材を見つけるだけね。
私の部屋に10号程度のモナリザがあります。
フィレンツェ、ローマ、ミラノで模写されたものか?
ルーブル美術館の絵は、本物か?私の部屋の絵が本物だったとしたら。長野県長野市内在住一度見にきたらいかが?
いやみがないから、いいじゃん。後は何を題材にするかだけだと思うよ。大衆が興味をそそる題材を見つけるだけね。
私の部屋に10号程度のモナリザがあります。
フィレンツェ、ローマ、ミラノで模写されたものか?
ルーブル美術館の絵は、本物か?私の部屋の絵が本物だったとしたら。長野県長野市内在住一度見にきたらいかが?
Posted by 畠山利夫
at 2006年03月10日 13:03
●●●畠山利夫さんへ●●●
こんにちは!
ここ数日、パソコンを開いていなかったので、
ご返事が遅くなってすみません。
>第一話あっさりした文章で、読みやすいじゃん。
そうですか! ありがとうございます。
>後は何を題材にするかだけだと思うよ。大衆が興味をそそる題材を見つけるだけね。
そう、それがムズカシイんですよね。
>私の部屋に10号程度のモナリザがあります。
おお、では、いつもモナリザに見つめられている生活を送っているわけですね。
>ルーブル美術館の絵は、本物か?私の部屋の絵が本物だったとしたら。
>長野県長野市内在住一度見にきたらいかが?
『ダビンチ・コード』が映画化されるそうですけど、じつは本もまだ読んでいないんですよ(汗)。本を読み映画を見て、僕の中でモナリザ熱がさらに沸騰したら、お願いするかも。
もし畠山さんの絵が本物なら・・・ 世界中から来訪者が!
こんにちは!
ここ数日、パソコンを開いていなかったので、
ご返事が遅くなってすみません。
>第一話あっさりした文章で、読みやすいじゃん。
そうですか! ありがとうございます。
>後は何を題材にするかだけだと思うよ。大衆が興味をそそる題材を見つけるだけね。
そう、それがムズカシイんですよね。
>私の部屋に10号程度のモナリザがあります。
おお、では、いつもモナリザに見つめられている生活を送っているわけですね。
>ルーブル美術館の絵は、本物か?私の部屋の絵が本物だったとしたら。
>長野県長野市内在住一度見にきたらいかが?
『ダビンチ・コード』が映画化されるそうですけど、じつは本もまだ読んでいないんですよ(汗)。本を読み映画を見て、僕の中でモナリザ熱がさらに沸騰したら、お願いするかも。
もし畠山さんの絵が本物なら・・・ 世界中から来訪者が!
Posted by
オヤジライター加久時丸
at 2006年03月12日 11:10




