2005年07月24日
ラブ・フォーティ 第4話 〜Vサイン〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第3話より続く
泉岡はボールを拾いあげると、長身を折ってうやうやしく一礼した。
「課長、きょうのベストショットですね。まいりました」
安斎の薄い唇がやわらいだ。抑揚を抑えた声がなめらかに響いた。
「これでデュースだな」
「とうとう追いつかれてしまいました。大事なポイントになると、やはり手厳しいですね」
泉岡の真っ黒な顔から白い歯がこぼれた。
安斎はメタルフレームの眼鏡に軽く指をあてる。眼鏡の奥の細長い目が、ちらと女たちの気配をさぐった。
「ところで、泉岡君、“デュース”というのはフランス語ではどう言うんだ?」
「“エギャリテ”です」
「“エギャリテ”か」
「はい。“ヴゥ・ナヴェ・パ・ラ・ジョワ・ドゥ・テニース・サン・レギャリテ”」
泉岡が得意げに流暢なフランス語をあやつる。
女たちがため息をついた。
安斎がすかさず言った。
「“デュースを嫌がる者は、人生の喜びを知らない”――そのような意味かね?」
泉岡の顔色がさっと変わる。
「課長はフランス語がおわかりになるんですか?」
「学生時代にちょっとかじったよ。君のように“使いこなせる”というほどのものではないがね」
女たちがまたため息をついた。
泉岡が肩をすくめた。
「まいりました。課長には本当にかなわないですよ」
ベンチの真ん中に座っている女が、突然しなだれたような声を放った。
「泉岡さぁん、がんばってぇ!」
「おお」
泉岡がその女にVサインを向けた。すると安斎が珍しくおどけた調子で言った。
「いいなあ、モテる男は」
女は口に手を添え、安斎に向けた。
「課長も、がんばってくださーい!」
「僕は“も”か。まいった、まいった」
コートの上にほがらかな笑いが立ちのぼった。安斎は後頭部に手をやり、泉岡は肩を揺すり、女たちは姉妹のように身を寄せあって笑った。
木立の陰で新田は自分の目を疑った。ベンチの真ん中の女は早川久美だ。営業3課の新人で、新田の部下だったが、ほとんど口をきいたことがない。いつもむすっとした顔で仕事をしていて、新田が話しかけてもけっして目を合わせない。かわいげのない、不愉快な女だと思っていたその早川が、体を弾ませて笑っている。新田は早川の背中をにらみつけた。
と、そのとき泉岡の尖った声がした。
「そこにいるのはどなたですか?」
新田はドキッとして身をこわばらせた。コートの5人の視線が、こじ開けられた穴に注がれた。新田は動くことができなかった。
続き(第5話)を読む
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第3話より続く
泉岡はボールを拾いあげると、長身を折ってうやうやしく一礼した。
「課長、きょうのベストショットですね。まいりました」
安斎の薄い唇がやわらいだ。抑揚を抑えた声がなめらかに響いた。
「これでデュースだな」
「とうとう追いつかれてしまいました。大事なポイントになると、やはり手厳しいですね」
泉岡の真っ黒な顔から白い歯がこぼれた。
安斎はメタルフレームの眼鏡に軽く指をあてる。眼鏡の奥の細長い目が、ちらと女たちの気配をさぐった。
「ところで、泉岡君、“デュース”というのはフランス語ではどう言うんだ?」
「“エギャリテ”です」
「“エギャリテ”か」
「はい。“ヴゥ・ナヴェ・パ・ラ・ジョワ・ドゥ・テニース・サン・レギャリテ”」
泉岡が得意げに流暢なフランス語をあやつる。
女たちがため息をついた。
安斎がすかさず言った。
「“デュースを嫌がる者は、人生の喜びを知らない”――そのような意味かね?」
泉岡の顔色がさっと変わる。
「課長はフランス語がおわかりになるんですか?」
「学生時代にちょっとかじったよ。君のように“使いこなせる”というほどのものではないがね」
女たちがまたため息をついた。
泉岡が肩をすくめた。
「まいりました。課長には本当にかなわないですよ」
ベンチの真ん中に座っている女が、突然しなだれたような声を放った。
「泉岡さぁん、がんばってぇ!」
「おお」
泉岡がその女にVサインを向けた。すると安斎が珍しくおどけた調子で言った。
「いいなあ、モテる男は」
女は口に手を添え、安斎に向けた。
「課長も、がんばってくださーい!」
「僕は“も”か。まいった、まいった」
コートの上にほがらかな笑いが立ちのぼった。安斎は後頭部に手をやり、泉岡は肩を揺すり、女たちは姉妹のように身を寄せあって笑った。
木立の陰で新田は自分の目を疑った。ベンチの真ん中の女は早川久美だ。営業3課の新人で、新田の部下だったが、ほとんど口をきいたことがない。いつもむすっとした顔で仕事をしていて、新田が話しかけてもけっして目を合わせない。かわいげのない、不愉快な女だと思っていたその早川が、体を弾ませて笑っている。新田は早川の背中をにらみつけた。
と、そのとき泉岡の尖った声がした。
「そこにいるのはどなたですか?」
新田はドキッとして身をこわばらせた。コートの5人の視線が、こじ開けられた穴に注がれた。新田は動くことができなかった。
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Posted by love40 at 15:06
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