2005年07月24日

ラブ・フォーティ 第5話 〜ベンチ〜

(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第4話より続く

 ベンチの左端の女がかん高い声で叫んだ。
「あっ、エンカイ!」
 右端の女が噴きだした。
 早川は顔をしかめた。
 新田は枝葉から手を離し後ずさりした。
「新田、そんなところにいないで、遠慮せずに中へ入ってきたらどうだ? ベンチならまだある」
 安斎の声だった。みんなの動揺などまったく意に介していないような、物静かな口ぶりだった。新田は救われたような気がした。無意識に返事をしていた。
「あ、ああ……」
「遠慮するな。そこを右に行って曲がったところに入り口がある」
「わ、わかった」
 新田は、安斎の声にすがるようによろよろと歩いた。

 コート通用口は、中庭から見えにくい位置に設けられていた。そこだけ木立の塀は途切れ、金網の扉だけになっている。
 新田は扉の前でためらいがちに中を覗きこんだ。
 泉岡はベンチに近づき女3人と話していた。この4人の若い男女は、なるべく新田に関わりたくないとでもいうように振る舞っている。安斎だけはネットの向こう側から微笑んでいる。
 その微笑みが自分を歓迎してくれているように新田には思えた。新田は用心深く扉を開け、コートに足を踏みいれた。泉岡たちはあいかわらず新田を無視している。

 初めて入るテニスコートだった。土のコートが一面よく手入れが施され、平らかで公明な空間をつくっている。新田はこわごわコートサイドを進んだ。
 数歩行ったときだった。安斎が突然手を振りはじめた。
「新田、申し訳ない。まさかその格好のまま入ってくるとは思わなかったよ。浴衣につっかけはちょっとまずいよ。ここはテニスコートなんだ。宴会場じゃないんだ。できたら着がえてきてくれないか」
 空気がこわばった。ベンチの4人が、冷えびえとした視線を突きたててきた。新田の足がすくんだ。驚きと恥ずかしさが蔦(つた)のように足に絡みついた。前にも後ろにも動けなかった。そのとき初めて自分の姿に気がついた。襟もとがはだけて生白い胸があらわとなり、その下で安っぽい帯が、せり出した腹をいっそう見苦しく見せ、足もとでは左右不揃いのホテルのサンダルが履きつぶされている。

 新田は思わず頭を掻いた。顔が引きつった。卑屈な笑みが顔の上で波打った。おびえた目で安斎を見あげた。が、そこに安斎はいなかった。いままでいた所からいつのまにか女たちの前に体を移し、新田には背を向けていた。褐色の筋肉を白いテニスウェアに包んだ男がふたり、女たちに向かって身振り手振りしながら談笑している。朝日のもとで5人はのびやかに輝き、新田は無関係に放りだされていた。
 そのあとのことを新田ははっきりと覚えていない。何ごとか口ごもりながら謝り、その場から逃げだした。

続き(第6話)を読む

人気blogランキングに参加しています