2005年07月24日

ラブ・フォーティ 第10話 〜ハンカチ〜

(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第9話より続く

 突然、声が降ってきた。
「新田さーん」
 新田は空を見あげた。
 声が笑った。
「違いますよ。後ろですよ」
 新田は首をねじり土手の上を仰いだ。
 スーツ姿の男が柵にもたれて手を振っている。
 新田は目を凝らした。
 男は柵をまたぎ、傾斜を降りはじめた。
 営業2課の藤永だった。
 あっけにとられている新田を面白がるように見ながら、藤永はゆっくり近づいてきた。

「きょうは午前中からずっと得意先まわりですよ。新田さんのほうは、どうしたんですか、こんなところで?」
「あ……、近くまで来たもんで、ちょっと懐かしくてな」
 新田はあいまいに答えた。
 藤永は腰かける場所を定めかねていた。迷ったすえに土の上にハンカチを敷き、膝が出ないようにスラックスをつまみながら用心深く腰をおろした。
「そうか、新田さんも2課だったんですよね。確か僕が入社したころじゃなかったですか?」
「藤永君はいくつだ?」
「28です」
「じゃあ、そうだ。5年ほど前だから、君が22〜3のころということになるな。君は、そのころは?」
「入社した早々に1課ですよ」
「そうか。そりゃ大変だったな」
「大変以上でしたよ」
「大変以上?」
 新田が聞くと、藤永は鼻で笑って言った。
「会社というものがどういうところか、しっかり教えていただきました」
「というと?」
「常識的なことですよ。常識。別に言うほどのことでもありません」
 気になる言い方だった。が、新田は深く追求しないことにした。

 藤永は目を細め、水面の揺らぎを眺めていた。ややえらの張った細い顔に、こまやかなデザインをほどこしたメタルフレームの眼鏡。かなり上物のトラッド・スーツを着こなしているが、こころもち猫背がラインを崩していた。
 藤永は若手の中では切れ者として知られていた。しかしどことなく陰気でクセがあるため、社内での人望が実らないきらいがあった。女子社員からも敬遠されていた。
 藤永が濠に小石を投げこんだ。ふたりは黙って波紋の広がりを目で追った。

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