2005年07月24日
ラブ・フォーティ 第12話 〜カウンター〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第11話より続く
ふたりは3番ぼりから上がると、飯田橋をめざした。
藤永の提案で、飯田橋のホテルMのバーへ行った。市ヶ谷付近で飲むと知った顔に出くわす可能性があるので、静かに飲みたいときはひとつ駅をずらしてここへ来るのだ、と藤永は言う。
酒の強い新田のペースに引きずられ、藤永は早くに酔いはじめた。彼独特の淡々とした口調がうわずり、いつしか目の奥に不穏な意志のようなものがくすぶりはじめた。
「新田さんは、たしか安斎課長と同期でしたよね」
「あ、ああ」
「あの方のこと、どう思います?」
「“どう”って、会社での評判どおりじゃないのかな。頭脳明晰で、現実的で、リーダーシップも充分に持ちあわせている。多少エリート意識が鼻につくときがあるがな」
「鼻につく程度のことですか?」
「ああ。それとも、何か?」
新田の問いにすぐには答えず、藤永は首をねじって店の中をさりげなく見まわした。ふたりが座っているカウンターにはほかに客はいなかった。隅のボックスに男女4人の中年客がやや声高に歓談しているだけだった。それを確かめてから藤永は口を開いた。
「ある人から聞いたんですが、新田さんと安斎さんはかつて仕事上のライバルだったそうですね。入社してから10年ほどの間、しのぎを削りあった仲だったと聞いています」
すでに新田の記憶の中で薄れていたことだったが、確かにそのとおりだった。まさか若い藤永の口からそんなことを聞かされるとは思っていなかった。新田は不意を突かれてうろたえた。
新田の反応に、ある確信を得た藤永はさらに話を続けた。
「新田さんが新人だったころは、営業全般のノウハウを身につけるためにしょっちゅう異動があって、営業1課、2課、3課をとりあえずすべて経験されたそうですね。ある意味では新人時代は遊軍のような存在だったと。そして、そのころの各人の実績をもとに本格的に配属される。それが20代の終わりにあって、30代に入ると腰を落ちつけて仕事をするようになる。そのころになると会社の評価はほぼ固まっていて、できる人間とそうでない人間のレッテルが貼られてしまう。
新田さんと安斎さんはともに優秀な営業マンとして育っていったそうですが、新田さんはどんな仕事も分けへだてなくきちんとこなしていくタイプで、安斎さんは選りごのみするタイプだったと聞いています。そんなことから各課の課長は新田さんのほうに高い評価を下していたそうですね。ところが、あることをきっかけにそれが逆転しはじめたらしい。おふたりが30歳を迎えるちょっと前に……」
新田は、自分の過去にためらいもなく立ち入るこの年下の男の話に、腹を立てるどころか、ある種の快感さえ覚えて耳を傾けていた。ひとつには、藤永が自分たちの歴史をよく知っていることへの純粋な驚きがあった。もうひとつには、自分の懺悔録を他人に読んでもらっているような、恥ずかしくて恐ろしくて、そのくせ気持ちのいい自虐めいたものがあった。
新田はウイスキーのロックをひと息で飲みほし、熱くなった喉で聞いた。
「“あること”というのは?」
続き(第13話)を読む
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第11話より続く
ふたりは3番ぼりから上がると、飯田橋をめざした。
藤永の提案で、飯田橋のホテルMのバーへ行った。市ヶ谷付近で飲むと知った顔に出くわす可能性があるので、静かに飲みたいときはひとつ駅をずらしてここへ来るのだ、と藤永は言う。
酒の強い新田のペースに引きずられ、藤永は早くに酔いはじめた。彼独特の淡々とした口調がうわずり、いつしか目の奥に不穏な意志のようなものがくすぶりはじめた。
「新田さんは、たしか安斎課長と同期でしたよね」
「あ、ああ」
「あの方のこと、どう思います?」
「“どう”って、会社での評判どおりじゃないのかな。頭脳明晰で、現実的で、リーダーシップも充分に持ちあわせている。多少エリート意識が鼻につくときがあるがな」
「鼻につく程度のことですか?」
「ああ。それとも、何か?」
新田の問いにすぐには答えず、藤永は首をねじって店の中をさりげなく見まわした。ふたりが座っているカウンターにはほかに客はいなかった。隅のボックスに男女4人の中年客がやや声高に歓談しているだけだった。それを確かめてから藤永は口を開いた。
「ある人から聞いたんですが、新田さんと安斎さんはかつて仕事上のライバルだったそうですね。入社してから10年ほどの間、しのぎを削りあった仲だったと聞いています」
すでに新田の記憶の中で薄れていたことだったが、確かにそのとおりだった。まさか若い藤永の口からそんなことを聞かされるとは思っていなかった。新田は不意を突かれてうろたえた。
新田の反応に、ある確信を得た藤永はさらに話を続けた。
「新田さんが新人だったころは、営業全般のノウハウを身につけるためにしょっちゅう異動があって、営業1課、2課、3課をとりあえずすべて経験されたそうですね。ある意味では新人時代は遊軍のような存在だったと。そして、そのころの各人の実績をもとに本格的に配属される。それが20代の終わりにあって、30代に入ると腰を落ちつけて仕事をするようになる。そのころになると会社の評価はほぼ固まっていて、できる人間とそうでない人間のレッテルが貼られてしまう。
新田さんと安斎さんはともに優秀な営業マンとして育っていったそうですが、新田さんはどんな仕事も分けへだてなくきちんとこなしていくタイプで、安斎さんは選りごのみするタイプだったと聞いています。そんなことから各課の課長は新田さんのほうに高い評価を下していたそうですね。ところが、あることをきっかけにそれが逆転しはじめたらしい。おふたりが30歳を迎えるちょっと前に……」
新田は、自分の過去にためらいもなく立ち入るこの年下の男の話に、腹を立てるどころか、ある種の快感さえ覚えて耳を傾けていた。ひとつには、藤永が自分たちの歴史をよく知っていることへの純粋な驚きがあった。もうひとつには、自分の懺悔録を他人に読んでもらっているような、恥ずかしくて恐ろしくて、そのくせ気持ちのいい自虐めいたものがあった。
新田はウイスキーのロックをひと息で飲みほし、熱くなった喉で聞いた。
「“あること”というのは?」
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Posted by love40 at 15:20
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