2005年07月24日

ラブ・フォーティ 第14話 〜ビジネスマン〜

(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第13話より続く

「“安斎”?」
「はい、当時の新田さんの最大のライバル安斎さんです。安斎さんは、この人選紛糾の件をどこかで聞きつけると、すぐさま春日専務のところへ交渉に行ったそうです。それがどのような内容のものだったかはわかりません。とにかく安斎さんが動きまわり、その結果、春日専務が総務部長を説得し、さらに紆余曲折のすえに新田さんをニュー宴会部長に据えた……ということらしいです。表向きは総務部長がみずから指名したことになっていますが、じつは安斎さんが画策したのだと、その人は言っています。つまり、新田さんのイメージ操作の犯人は、安斎さんということになります」

「“イメージ操作”?」
「人間はそれぞれイメージの素(もと)のようなものをもっています。たとえば新田さんの場合なら、“誠実”とか“人望”とか“気配り”とか……。それらをシチュエーションに応じて発揮して自分の評価を築いていくわけです。ところが、そこに誰かの悪意が介在してイメージ操作がおこなわれると、“誠実”が“馬鹿正直”に見えたり、“人望”が“八方美人”に感じられたり、“気配り”が“小心者”になりさがったりする」

「それが僕の……おどけた宴会部長だったと?」
「そういうことになると思います。ある意味では、あまりにもはまり役だった。それだけに新田さんの優秀なビジネスマンとしてのイメージが、酒席を走りまわる宴会部長にすり替えられてしまった。もちろん、たった1回の宴会でイメージの逆転がおこなわれたわけではないでしょう。社員旅行と忘年会の年2回、それを毎年毎年累積してきたことになる。その間に安斎さんはひとり“いい子”になった」

 藤永が新田の目を覗きこんだ。
 新田は、藤永の視線を振りはらうように胸を反りぎみにして、カウンターの向こうの洋酒棚を見あげた。そのままつぶやいた。
「ちょっと大げさすぎやしないか。僕が宴会部長をやったからイメージダウンして、出世が妨げられたというのは考えすぎだよ。むしろ僕が宴会部長を演ずることで、懇意にしてくれた上の人もいる。その人たちは少なからずきょうまで僕を応援してくれたと思っている」

 藤永も新田と同じように洋酒棚を眺めながら言った。
「たとえば、ある重要な仕事があって、それを誰にまかせるかで会社側が迷っていたとします。候補はふたり。ひとりは仕事一筋にばりばりこなすエリート候補、もうひとりは宴会ではみずからハメをはずして遊んでみせるエリート候補。
 これがちょっと小粋な企業小説なら、間違いなく後者の人間味あふれたエリート候補に大任をまかせて、読者を楽しませてくれるはずです。しかし、現実はどうでしょうか? 会社の上の人間というのは、仕事を推し進めるときにまず第一に考えることは、それが成功したときではなくて失敗したときのことです。失敗したとき、どちらのほうが自分たちの判断を糾弾されずにすむか、です。

 そういう視点で考えたとき、後者の宴会でハメをはずす人間はリスクがともないます。万一失敗でもしたら“ああいうお調子者にまかせるから失敗するんだ”とそしりを受けかねない。前者のエリート候補なら“あのまじめ人間が精いっぱいとり組んで駄目なのだから難しいのかもしれない”ということになる。
 多喜食のように、歴史があって円熟期にある会社は、なおのことその傾向が強くなると思います。ある意味で官僚の世界に近いですからね。攻めよりも守りに強い人間が結局は生きのこる。

 実際、安斎課長は、要所要所では重要な仕事をすべて手がけているじゃないですか。仕事の流れからして新田さんの範ちゅうと思われる仕事までもかっさらっている……。過去の企画書を見るかぎり、僕にはそう思えるのですが」
 藤永が横目でうかがうと、新田は手もとに視線を落としていた。

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