2005年07月24日
ラブ・フォーティ 第16話 〜オタク〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第15話より続く
藤永はひどく驚いた顔をした。
「“目的”? 目的なんてないですよ」
「じゃあ、なんで上司からそんな話をわざわざ聞きだしたりするんだね?」
新田の声がいぶかしげに響いた。
藤永はしばらく考えてから口を開いた。
「ただ聞きたいだけです」
「“ただ聞きたい”? 聞いてどうするんだね?」
「どうしもしません。会社という世界がどうなっているのか、ただ知りたいだけです。そのために見たり聞いたりして観察する。要するに会社をウォッチングしてるわけです」
「“ウォッチング”? 何だね、それは?」
「新田さんにちょっと質問します。たとえば新田さんが旅に出たとします。すると旅先でいろいろな景色に出会いますよね。新田さんは、そういうときにどうします?」
「眺めるよ」
「眺める、その目的は?」
「“眺める目的”? とくにないよ。きれいだったり珍しい景色だから眺めるんじゃないか。眺めること自体が目的だよ」
そう答える新田の顔に、藤永が人さし指を向けた。
「つまり、それです。眺めること自体が目的なんです。じっと見つめることが面白いんです。僕は……、言うなれば……、“会社ウォッチャー”とでも呼ぶべき存在です。観察すること自体が目的ですから、ほかに功利をいっさい求めません。出世とかにはまったく興味がありません」
「じゃあ、なぜ仕事をするんだい? 君は多喜食の若手の中でもやり手と言われているほうじゃないか」
「仕事はきちんとこなします。それが、会社にいるためのルールですから守ります。きちんとこなすことによって結果的にそれが認められることはあっても、認められることは目的ではありません」
「でも、多少は出世したいとか思ってるんじゃないのかね? そのために芳賀課長のことをもっとよく知ったほうがいい、とか……?」
「ないです」藤永は厳しい目つきで否定すると、一転して柔らかな表情になった。「こんな言葉を聞いたことありませんか? “傍目(おかめ)八目”。碁や将棋で、わきで勝負を見ている人のほうが、戦っている人よりも戦況がよく見えているというやつです。当事者は勝ちたいばかりに冷静さを失うという戒めですよね。たとえば競馬なども、そんな面がありますよね。競馬好きの人がよく言う“馬券を買わないときに限って当たる”っていう話。欲得ぬきで予想するほうが冷静で的中率が高くなる。反対に稼ごうとすればするほど判断が狂ってしまう。
要するに、欲がからむとクリアにウォッチングできないんですよ。判断を誤るんです。ウォッチングの醍醐味は、できる限りありのままの姿にたどり着くことですから、冷静に見ることがいちばん大切なんです。ですから“馬券”は買わないんです。出世という馬券が欲しくなると、会社を冷静に観察することができなくなって、会社ウォッチングの楽しみが半減してしまう。会社ウォッチングは無欲のゲームなんです」
新田は、ひとまわり年下のこの青年を理解しかねていた。話せば話すほど藤永が異種の生き物のように感じられた。一種の“オタク”と言ってしまえばそれまでのことだが、そう言い捨てるだけで事が終わるわけではなかった。藤永が優秀であることは間違いないし、社内で少なからず影響力をもっていることも確かだ。これからも職場で共存していこうというのなら、彼を軽視するわけにはいかないだろう。安易な気持ちで彼に接していると、早川の二の舞になりかねない、と新田は思った。
自分と藤永の違い。それはまるで動物と植物ほどの隔たりがあるように思えた。自分たちは、会社の中で少なからず出世を意識し互いに食いあう肉食動物のようなものであり、それに対して藤永は、日々くり返される動物たちの争いを、黙って見おろしている樹木のようなものではないか、と。
新田は、藤永のことを無気味に思う反面、どこかコンピュータにも似た、冷徹で中立な彼の態度に、不思議な信頼感を抱きはじめていた。
ひょっとすると芳賀課長も、部下・藤永のそんなところに恐れを感じながらも魅かれていったひとりなのではないだろうか、と新田は思った。
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第15話より続く
藤永はひどく驚いた顔をした。
「“目的”? 目的なんてないですよ」
「じゃあ、なんで上司からそんな話をわざわざ聞きだしたりするんだね?」
新田の声がいぶかしげに響いた。
藤永はしばらく考えてから口を開いた。
「ただ聞きたいだけです」
「“ただ聞きたい”? 聞いてどうするんだね?」
「どうしもしません。会社という世界がどうなっているのか、ただ知りたいだけです。そのために見たり聞いたりして観察する。要するに会社をウォッチングしてるわけです」
「“ウォッチング”? 何だね、それは?」
「新田さんにちょっと質問します。たとえば新田さんが旅に出たとします。すると旅先でいろいろな景色に出会いますよね。新田さんは、そういうときにどうします?」
「眺めるよ」
「眺める、その目的は?」
「“眺める目的”? とくにないよ。きれいだったり珍しい景色だから眺めるんじゃないか。眺めること自体が目的だよ」
そう答える新田の顔に、藤永が人さし指を向けた。
「つまり、それです。眺めること自体が目的なんです。じっと見つめることが面白いんです。僕は……、言うなれば……、“会社ウォッチャー”とでも呼ぶべき存在です。観察すること自体が目的ですから、ほかに功利をいっさい求めません。出世とかにはまったく興味がありません」
「じゃあ、なぜ仕事をするんだい? 君は多喜食の若手の中でもやり手と言われているほうじゃないか」
「仕事はきちんとこなします。それが、会社にいるためのルールですから守ります。きちんとこなすことによって結果的にそれが認められることはあっても、認められることは目的ではありません」
「でも、多少は出世したいとか思ってるんじゃないのかね? そのために芳賀課長のことをもっとよく知ったほうがいい、とか……?」
「ないです」藤永は厳しい目つきで否定すると、一転して柔らかな表情になった。「こんな言葉を聞いたことありませんか? “傍目(おかめ)八目”。碁や将棋で、わきで勝負を見ている人のほうが、戦っている人よりも戦況がよく見えているというやつです。当事者は勝ちたいばかりに冷静さを失うという戒めですよね。たとえば競馬なども、そんな面がありますよね。競馬好きの人がよく言う“馬券を買わないときに限って当たる”っていう話。欲得ぬきで予想するほうが冷静で的中率が高くなる。反対に稼ごうとすればするほど判断が狂ってしまう。
要するに、欲がからむとクリアにウォッチングできないんですよ。判断を誤るんです。ウォッチングの醍醐味は、できる限りありのままの姿にたどり着くことですから、冷静に見ることがいちばん大切なんです。ですから“馬券”は買わないんです。出世という馬券が欲しくなると、会社を冷静に観察することができなくなって、会社ウォッチングの楽しみが半減してしまう。会社ウォッチングは無欲のゲームなんです」
新田は、ひとまわり年下のこの青年を理解しかねていた。話せば話すほど藤永が異種の生き物のように感じられた。一種の“オタク”と言ってしまえばそれまでのことだが、そう言い捨てるだけで事が終わるわけではなかった。藤永が優秀であることは間違いないし、社内で少なからず影響力をもっていることも確かだ。これからも職場で共存していこうというのなら、彼を軽視するわけにはいかないだろう。安易な気持ちで彼に接していると、早川の二の舞になりかねない、と新田は思った。
自分と藤永の違い。それはまるで動物と植物ほどの隔たりがあるように思えた。自分たちは、会社の中で少なからず出世を意識し互いに食いあう肉食動物のようなものであり、それに対して藤永は、日々くり返される動物たちの争いを、黙って見おろしている樹木のようなものではないか、と。
新田は、藤永のことを無気味に思う反面、どこかコンピュータにも似た、冷徹で中立な彼の態度に、不思議な信頼感を抱きはじめていた。
ひょっとすると芳賀課長も、部下・藤永のそんなところに恐れを感じながらも魅かれていったひとりなのではないだろうか、と新田は思った。
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Posted by love40 at 15:33
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