2005年07月24日

ラブ・フォーティ 第17話 〜クイズ〜

(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第16話より続く

 新田は藤永に聞いてみたいことがあった。ウイスキーをひとなめしてから口を開いた。
「なあ、藤永君。事実と真実は、どう違うんだろう?」
「突然何ですか?」
 藤永はけげんそうに新田を見つめた。
 新田は口もとに笑みをそよがせた。
「あまり深い意味はないんだ。この前、ある人と雑談をしていたら、そんなクイズのような話が出てきたんだよ」
「クイズですか。“事実と真実”ですか」
 藤永は腕を組み考えこんだ。
 新田は空(から)になったグラスをバーテンダーに指ししめした。バーテンダーは丁重にうなずいた。

 藤永が微笑んだ。
「クイズ風に軽く考えてみましたけど、それでいいですか?」
「もちろん」
「事実は手にさわれるもの、真実は手にさわれないもの。あるいは、事実は目に見えるもの、真実は目に見えないもの。というのはどうですか?」
「なるほど」
 今度は新田のほうが腕を組んで黙考した。
 横から藤永が遠慮がちに声をかけた。
「あの……、こういうのはどうですか? 事実は作れる、真実は作れない」
 新田が振りむいた。
「今の、もう一度言ってくれないか」
「ええと……、事実は作れる、真実は作れない」
「“事実は作れる、真実は作れない”か」
 新田はふたたび考えこんだ。
 8時半を過ぎるとバーは混みはじめた。

 ふたりは帰ることにした。
 飯田橋駅までの10分間ほどを、淡い夜風をくぐりながら歩いた。
 夜道を歩きながら、藤永は遠い昔のことを懐かしむように1課時代のことを話してくれた。藤永は22歳、安斎が34歳で1課係長のころのことだった。仕事にも慣れてきて、周りの様子をうかがう余裕が出てきた藤永は、3課の“文学中年”石渡という係長に興味をもった。一度いっしょに飲んでみると、じつに面白い先輩であることがわかった。妙に気が合って、それからもちょくちょく一緒に飲むようになった。

 ある日、藤永は安斎に呼びだされた。ほかの課の長と必要以上に仲よくすると、仕事上で誤解を招きかねないから控えたほうがいい、とのことだった。藤永は安斎の忠告をさして気にしなかった。幼稚園児の仲よしグループじゃあるまいし、誰が誰と飲もうが勝手だろ、と思っていた。
 石渡とはいつも飲み屋で落ち合っていたので、おそらくその周辺で誰かに目撃されたんだろう、と藤永は察した。そう言えば、その飲み屋の3ブロック先に安斎の行きつけの店があった。そうか、安斎係長みずから目撃したんだな、と思った。
 にもかかわらず、それからも月に2度ほどのペースで藤永は石渡と飲んだ。

 それがいけなかった。手厳しい人事異動が待っていた。藤永は営業2課への転属を命じられた。当時、完全無欠のエリートチームと言われた1課から藤永だけが外された。つまり追放だった。安斎の報復に違いなかった。
 藤永が戦慄したのはそのことではなかった。そのあとの出来事だった。営業1課内の藤永の送別会は、こともあろうに藤永と石渡が行きつけにしていた飲み屋でおこなわれた。場所を決めたのは安斎だった。藤永にだけわかる、たったひとりの見せしめだった。その辺の事情を何も知らされていない他の課員と一緒になって何食わぬ顔で宴を盛りあげる安斎を見て、藤永は心底ぞっとした。
「とにかく、会社というものをしっかり教えていただきましたよ」
 藤永はため息まじりにうっすらと笑った。

 飯田橋駅前は帰宅を急ぐ人で揺れていた。藤永が新田に向かって一礼し、新田のほうは小さく手を上げて応じた。それから、新田はJR線改札口へ、藤永はタクシーを拾うために外堀通りへ、それぞれに別れた。

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