2005年07月24日

ラブ・フォーティ 第23話 〜モラル〜

(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第22話より続く

 早川久美、北見弁護士を送りだすと、春日専務、神岡営業部長、園田弁護士はそのまま応接室に残り、今後の対応を練ることにした。
 神岡が丸い顔をゆがめて園田弁護士に聞いた。
「先生、私には最後のところがどうもよく呑みこめなかったんですが」
「おそらく先方の狙いは、早川さんの個人的な訴えをたくみにすり替えることによって、今回の争点を、新田課長補佐の行為を黙過してきた多喜食にモラル的な問題があるとして、それに対する誠意を示せと言っているのだと思います」
「要するに、ゆすりですか?」

「いまの段階では何とも言えませんが、私はそうではないと思っています。北見弁護士は“依頼人の希望はひとつ。仕事上における、新田氏と早川氏との直接的な関係の解消”と言明しています。“依頼人の希望はひとつ”と言いきってしまうのは、もしゆすりだとしたら、じょうずなやり方とは思えません。企業相手にゆする手口というのは、だいたいが問題点だけをほのめかしておいて解決のゴールを見せずに焦(じ)らすものです。そして企業が答えを見いだせずに根負けして、示談的に金銭を支払って丸くおさめてしまうのが常道です。それに対して、今回の北見弁護士の言い分はまことに明快と言わねばなりません。

 北見弁護士の最後の主張は、依頼人の希望は“新田課長補佐との直接的な関係の解消”ではあるけれども、それに付帯して、多喜食が新田課長補佐をどう処置するかに多大な関心があり、“まさか新田氏がノーペナルティということはあるまいな”と牽制球を投げている点に注目しなければなりません」

 神岡がさらに顔をゆがませ不快そうな声を上げた。
「そこが私にはよくわからないのですよ。早川君は、新田君と仕事が別になればそれで満足な気がするのですが……」
 園田が職業的な笑みを浮かべて言った。
「こう考えればいいと思います。早川さんにはふたつ希望がある、と。ひとつは、いま神岡さんがおっしゃった“仕事を別にする”ことです。もうひとつは、新田課長補佐の……、ええ、ざっくばらんに言ってしまえば“左遷”です。彼女は、自分にとって有害な新田課長補佐に罰を下してほしいと望んでいるのだと思います。たいへん恐ろしい話です。民事レベルで考えれば、その目的は当事者双方の関係の修復や調整ですが、相手に罰を与えろという発想はむしろ刑事的と言えなくもないですね。

 そこで、先ほどの北見弁護士のテクニカルな論法が出てきたのだと思います。ただ単に新田・早川間の問題だとすれば、ふたりを分離するだけのことです。ところが、それでは依頼者の希望は達成しない。つまり新田課長補佐に明確なダメージを与えることができない。そこで多喜食のモラルを問うことで、多喜食は新田氏に制裁を加えるべきだとリクエストしているのだと思います。会社員にとって、会社における制裁は実質的には死活がからんできますからね。恐ろしいことです」

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