2005年07月24日

ラブ・フォーティ 第27話 〜リスク〜

(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第26話より続く

 春日専務と園田弁護士は、社長以下12人の役員が待つ会議室へ向かった。
 神岡営業部長は営業部に戻り、営業2課、3課の課長に事の経過を伝え、今後の策を話しあった。営業1課課長の安斎はアメリカに出張中だった。
 役員会議は紛糾した。大方は、多喜食の安泰を考えて早川久美の希望に沿う方策を支持したが、社長とごく数名の役員は、一女性社員のわがままを簡単に呑むことは今後の労使関係にきわめて悪い影響を与えるという理由から、ここはリスクを背負ってでも闘うべきだというものだった。

 多喜食安泰論を唱える多数派の中心は春日専務だった。対する社長が小数派に追いこまれたのは、そのまま多喜食の現在の勢力分布を表わしてのことだった。
 しかも、多喜食が安泰でないと困る理由が、とんでもないところにあった。政治だった。政界における与野党間の調整がこじれるたびにバーター材料として浮上する日米安保条約問題が、このところ再燃する気運にあった。そのため安保条約の周辺にある“軍事”関連事業者はスキャンダルに見舞われないよう慎むことと、与党筋から指導を受けたばかりだった。ゆえに多喜食としても、たとえそれが社内の人事トラブルでも早急に解決する必要があった。

 春日にしても、22歳の女性社員が、些細とも思える悩みのために弁護士をともなって訴え出たことには、困惑というよりは激しい憤りを感じていた。社長が言う“社員になめられてしまう会社に未来はない”という意見には賛同するところがあったが、多喜食をくだらない係争には巻きこみたくなかった。
 春日はある意味で古いタイプの人間だった。裁判でシロクロつけてさっぱりしようと思う以前に、裁判沙汰になること自体が恥ずべきことだと思っていた。海の向こうの大国の民のように、自分が勤務し給料をもらって少なからず世話になっている会社を相手どって訴訟を起こすことなど日常茶飯のありさまを見ていると、春日は“正義の名のもとに事実の是非ばかりを重んじ、事実にすがりついているけれど、要は精神力のない国の末路だな”と冷ややかに思うのだった。

 席上、春日は役員たちに向かって言った。
「昨今の世情を考えますと、私ども多喜食に不祥事が起こることは、お得意様にも多大なる迷惑がかかる恐れがあります。言いかえれば、わが身ばかりを考えて事をおこないますと、お得意様を失い、結局はわが身を滅ぼすことになりましょう。ここは、大局を見すえたうえで、会社安泰を図ることを得策と考えます。
 なお、お話に出ました“ここで一社員の暴走を見すごすことは、第二、第三の暴走者を出すことになりかねない”とのご指摘は、まことに正しいと思います。よって、私個人といたしましては、第一の暴走者・早川久美の振る舞いをこのまま黙過するつもりはありません。しかるべき処置を講ずるつもりです」

 会議室がざわついた。役員のひとりが挙手した。
「専務、具体的にはどのようなことをお考えでしょうか?」
 春日はわずかに微笑んで答えた。
「その件に関しては、しばらく時間をいただけないでしょうか。なにぶんにも、きのうのきょう起こったことですので、彼女のその後の処置に関しては慎重に取り組み、後日あらためて提案したいと思います。本日の会議では、多喜食が早川久美の要求に応ずるかどうかを決裁し、一日も早く先方の弁護士に回答するのが目的です。そのために、皆さんに緊急にお集まりいただいたのです」
 3分の2以上の賛成を得て、春日案に決定した。新田真一は他のセクションへ異動、早川久美はそのまま営業3課にとどまることになった。

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