2005年07月24日

ラブ・フォーティ 第29話 〜スタンドカフェ〜

(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第28話より続く

 日下部(くさかべ)律子から電話が入ったのは昼近く、新田がまさに外出しようとしているときだった。2課の芳賀課長から聞いて、あわてて電話したらしい。総務部への転属が決まりかけていることを告げると、「のちほど外で会いましょう」となかば強引に約束させられた。

 得意先はことごとく新田の異動に驚き惜しんだ。彼らはまず「なぜ?」といぶかり、新田はそれに対して「健康上の問題で」と答えるのだった。すると彼らは決まって「酒でしょ。新田さんとは本当によく飲んだ。飲んでいるうちに、ころっと説得された」と懐かしんでくれた。新田はたるんだ腹をさすりながら「酒太りは営業マンの勲章。でも、これからはすこし節制しますか」と笑った。別れぎわに彼らは「ごくろうさまでした。健康になったらまた一緒に仕事をしましょうよ」と温かい言葉を添えてくれた。

 新田は数カ所得意先に挨拶を入れると、その足で新宿駅構内のスタンドカフェに向かった。日下部とはそこで落ち合った。
 新田を見つけるなり、日下部は怒った顔をつくって寄ってきた。
「新田ちゃん、ずいぶん水くさいじゃないの。こんな大変なことが起きてるのに教えてくれないなんて」
「教えるも何も、この僕だってきのう突然知らされたばかりで……」
 新田は、きのうからきょうにかけて起こったことをかいつまんで話した。
 日下部はあきれた顔をして新田を見た。

「じゃあ、お家大事で会社の方針に従うってわけ?」
「お家大事というか、会社だってある意味では被害者なんだし、僕に落ち度がまったくなかったかといえば、そうともいえないし……」
「新田ちゃん、お人好しもいい加減にしないとダメよ。あなたひとりの人生なら、それもひとつの生き方だろうけど、あなたの家族はそれでは納得できないんじゃないの? まだ先は長いのよ」

「わかってる。先は長い」新田は春日の言葉を思いだしていた。「先は長いからこそ、いまは我慢のときじゃないかって……。自分が乗っている船が沈んじゃ意味ないしな」
「“船”って、多喜食のこと?」
「ああ」
「多喜食は、船員ひとりの名誉も守れない船なの?」
「船員ひとりを守るために乗組員全員を危険にさらすことはできないよ」

 新田の答えに、日下部はため息をついた。
「いまどき、そんな考え方って古いんじゃないの?」
「それが古いんなら、古くてもいいよ。弁護士を連れてくるのが新しいやり方なら、新しくなくて結構だよ」
「皮肉らないでよ。それにしても、あの女、どうしようもないわね。タチが悪いったらありゃしない」
「日下部さんの言うとおりになってしまったね。あの女には気をつけろって言われていたのに不注意だったよ」
「とはいっても、防ぎようがないわよね」
「……そうかもしれない。ところで、わざわざこんなところで会うのは何か理由が?」
「新田ちゃん、総務へ行くの?」

 新田は言葉に詰まってしまった。
 日下部は察した。
「そうよね。そんなこと聞かれたって答えようがないわよね。でも、私の勘だけど、なんとなくイヤなんじゃないの?」
 新田の目がかすかに笑った。
 日下部はしばらく黙って新田の様子を見ていたが、意を決して言った。
「もしよかったら、うちの部へ来ない?」


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