2005年07月24日

ラブ・フォーティ 第36話 〜メニュー〜

(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第35話より続く

 少しでも近くで見ようとして、新田の額はフロントウインドウにくっついていた。
 新田が聞いた。
「人間……だよな?」
「そうです」
「何してるんだ?」
「ストレッチです」
「ス……?」
「ストレッチしてるんですよ」
「“ストレッチ?”」
 呑みこめぬ新田を横に、いきなり藤永は自分の腕にもう一方の腕をからめ、ねじってみせた。
「つまりこんな感じでする準備体操ですよ。筋肉やじん帯をゆっくり伸ばしながら体をほぐすんです」

 新田はしばらく、藤永の所作と暗がりのストレッチを交互に見ていた。が、突然思いだしたように言葉を吐いた。
「誰なんだ、あれは?」
「まあ、しばらく見ていてください」
 そう言って藤永は、口の端に意地の悪そうな笑みをわずかに浮かべた。
 昨夜から焦らされつづけている新田は、ムスッと口をつぐんだ。
 空が明るみ、視界の中で次々と輪郭が冴え始めた。
 新田は目を凝らした。橋の下の人物は男だった。顔は判別できないが、体格はよさそうだ。

 藤永が時計に目を止めてそっとつぶいた。
「みっちり30分はストレッチだな。ありゃ拷問だな」
「“拷問?”」
 思わず新田が聞いた。
 藤永は答えずに、フロントウインドウのはるか向こうを無心に見つめている。
 無視されて新田はふたたびムスッと口をゆがめた。
 3分ほどふたりは黙って橋の下を眺めていたが、藤永のほうが唐突に話しはじめた。
「肉体的にはそう大したことではないんですが、精神的にけっこうきついんですよ。本格的にストレッチするとなると、時間がかかりますし、かなりの辛抱が要ります。“拷問”はちょっとオーバーですけどね」
 新田は要領を得ないまま聞いていた。

 橋の下の男はひとつのストレッチング・ポーズをつくると、そのまま約30秒間静止して張力をかける。30秒こなすと次のポーズへ移る。そうやって左右対称に30ポーズ近いメニューを丹念にこなしていく。
 橋は、上に4車線の道路をのせ、下にもかなり広い空間をもっている。橋の下の川原はコンクリートで整地されているため、男にとって格好のトレーニング場となっている。その空間はまさに、垂直面と水平面によって構成された、コンクリートづくりの小さな体育館のように見える。男はそこで黙々とストレッチに励む。

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