2005年07月24日
ラブ・フォーティ 第40話 〜フットワーク〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第39話より続く
新田は怒る気にもなれなかった。ため息を漏らしながら聞いた。
「で、芳賀さんは、きょうのことを知ってるの?」
「いいえ。でも、怒らないと思います。芳賀課長はそういう性格の人ですから」
「……しかし、だからと言って、僕がわざわざここへ来る必要はないんじゃないのか?」
「ええ。でも、こういうの、おもしろくありませんか?」
藤永の問いに、新田は言葉を失った。確かにおもしろくないわけではなかったが……。新田は、藤永に自分の気持ちを見すかされているようで居心地が悪かった。
藤永が楽しそうに言った。
「もう少ししたら、あっちへ行ってみましょう。芳賀課長、驚くでしょうね」
新田はため息をつきながら、なかば投げやりにうなずいた。
新田はふと思った。この藤永にしても、早川久美にしても、部下を持つということはある意味で災難を持つことかもしれないな、と。新田はひとり苦笑した。それから、ふたたびフロントウインドウのはるか向こうへ視線を飛ばした。
午前6時。芳賀はコンクリート壁から8メートルほど離れたところで立ち、「よし」と掛け声を自分に浴びせた。手に持つラケットに目を落とし、ガットの並びを整え、グリップをしごいた。いよいよ実戦的なグランドストロークの練習にとりかかる。
構えた。ひとつ深呼吸をしてから、宙を滑らすようにラケットを振りだした。同時に左手からボールを放した。ボールは、ガット面に当たると、伸びやかな黄色い放物線を描きながら前方の壁に向かって飛翔した。
グランドストロークが始まった。コートをフルに使っての打ちあいを想定し、8メートルから始め、徐々に距離を伸ばして13メートルまでの壁打ちをおこなう。先ほどの5メートル前後のミニ・グランドストロークはウォームアップ的なものだが、この距離のストロークが最も使用頻度が高い。
カ、コ、カ、コ……。
ラケットによる打球音はやや乾いた音を発し、さらに飛球とコンクリート壁との衝突音はややくぐもった音を響かせる。
中長距離のグランドストロークに体が慣れてくると、それにともない芳賀はじりじりとスウィング速度を上げはじめた。弾道は、山なりの弧から弓なりの弧へとすこしずつ直線化し、凶暴化していく。
カッ、コッ、カッ、コッ……。
左右、高低、さまざまな角度へボールを打ち出す。フットワークが加速する。前へ詰め、後ろに下がり、左へ追い、右へ打つ。あらゆる球筋を追撃する。下半身がいっきに熱し、それが上半身に拍車をかける。体が、固体から高速の流体へと化けはじめる。
カッッ、コッッ、カーッッ、コッッ……。
20分が経過した。態勢はできあがった。スウィングとフットワークのための筋肉、じん帯、関節、そして神経の仕上がりも申し分ない。芳賀はこの瞬間を待っていた。いよいよ体内ギアをトップにもっていく。
芳賀の目が険しくなる。額に血管が浮きたつ。口もとに意志がみなぎる。
シュカッッッ、クヮッッ、シュカッッッ、クヮッッ……。
フルパワー、フルスピードの空間。
この空間にたどり着くために、芳賀は毎日2時間の鍛練をくぐり抜ける。
午前6時30分。日はかなり昇り、土曜の朝をそれぞれに楽しむ人々が、川原のあちこちに姿を現すようになった。休日ののどかな気配がにわかに満ちてきた。
芳賀は、それらとはすべて断絶していた。ただひとり苛烈な動きに身を投じていた。
シュカッッッ、クヮッッ、シュカッッッ、クヮッッ……。
新田の目には、芳賀が孤高にさえ映っていた。
「もういい時間だと思います。そろそろ行ってみましょうか」
藤永はそう言って、車を走らせた。
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第39話より続く
新田は怒る気にもなれなかった。ため息を漏らしながら聞いた。
「で、芳賀さんは、きょうのことを知ってるの?」
「いいえ。でも、怒らないと思います。芳賀課長はそういう性格の人ですから」
「……しかし、だからと言って、僕がわざわざここへ来る必要はないんじゃないのか?」
「ええ。でも、こういうの、おもしろくありませんか?」
藤永の問いに、新田は言葉を失った。確かにおもしろくないわけではなかったが……。新田は、藤永に自分の気持ちを見すかされているようで居心地が悪かった。
藤永が楽しそうに言った。
「もう少ししたら、あっちへ行ってみましょう。芳賀課長、驚くでしょうね」
新田はため息をつきながら、なかば投げやりにうなずいた。
新田はふと思った。この藤永にしても、早川久美にしても、部下を持つということはある意味で災難を持つことかもしれないな、と。新田はひとり苦笑した。それから、ふたたびフロントウインドウのはるか向こうへ視線を飛ばした。
午前6時。芳賀はコンクリート壁から8メートルほど離れたところで立ち、「よし」と掛け声を自分に浴びせた。手に持つラケットに目を落とし、ガットの並びを整え、グリップをしごいた。いよいよ実戦的なグランドストロークの練習にとりかかる。
構えた。ひとつ深呼吸をしてから、宙を滑らすようにラケットを振りだした。同時に左手からボールを放した。ボールは、ガット面に当たると、伸びやかな黄色い放物線を描きながら前方の壁に向かって飛翔した。
グランドストロークが始まった。コートをフルに使っての打ちあいを想定し、8メートルから始め、徐々に距離を伸ばして13メートルまでの壁打ちをおこなう。先ほどの5メートル前後のミニ・グランドストロークはウォームアップ的なものだが、この距離のストロークが最も使用頻度が高い。
カ、コ、カ、コ……。
ラケットによる打球音はやや乾いた音を発し、さらに飛球とコンクリート壁との衝突音はややくぐもった音を響かせる。
中長距離のグランドストロークに体が慣れてくると、それにともない芳賀はじりじりとスウィング速度を上げはじめた。弾道は、山なりの弧から弓なりの弧へとすこしずつ直線化し、凶暴化していく。
カッ、コッ、カッ、コッ……。
左右、高低、さまざまな角度へボールを打ち出す。フットワークが加速する。前へ詰め、後ろに下がり、左へ追い、右へ打つ。あらゆる球筋を追撃する。下半身がいっきに熱し、それが上半身に拍車をかける。体が、固体から高速の流体へと化けはじめる。
カッッ、コッッ、カーッッ、コッッ……。
20分が経過した。態勢はできあがった。スウィングとフットワークのための筋肉、じん帯、関節、そして神経の仕上がりも申し分ない。芳賀はこの瞬間を待っていた。いよいよ体内ギアをトップにもっていく。
芳賀の目が険しくなる。額に血管が浮きたつ。口もとに意志がみなぎる。
シュカッッッ、クヮッッ、シュカッッッ、クヮッッ……。
フルパワー、フルスピードの空間。
この空間にたどり着くために、芳賀は毎日2時間の鍛練をくぐり抜ける。
午前6時30分。日はかなり昇り、土曜の朝をそれぞれに楽しむ人々が、川原のあちこちに姿を現すようになった。休日ののどかな気配がにわかに満ちてきた。
芳賀は、それらとはすべて断絶していた。ただひとり苛烈な動きに身を投じていた。
シュカッッッ、クヮッッ、シュカッッッ、クヮッッ……。
新田の目には、芳賀が孤高にさえ映っていた。
「もういい時間だと思います。そろそろ行ってみましょうか」
藤永はそう言って、車を走らせた。
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Posted by love40 at 16:22
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