2005年07月24日
ラブ・フォーティ 第42話 〜ギブアップ〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第41話より続く
「いや、そうじゃない」芳賀は分厚い手の平を横に振り、それから親指を立てて自分自身をさした。「俺がテニスをやってるなんて驚きだろう?」
「ええ、かなり……」
「俺って、どう見ても野球だもんな。テニスのイメージじゃねえよな」
芳賀は岩のような体を揺すって笑った。
高校野球の季節になると、芳賀は決まって、その昔彼が出場した県大会決勝の話をするのだった。芳賀によれば、甲子園で負けるより県大会の決勝で負けるほうが数倍悔しいことらしい。“いまやその悔しさも懐かしさとなりにけり”というのもお決まりのセリフだった。甲子園の夢を果たせずに芳賀は大学に進学するが、そこで野球より女にのめりこんでしまい、あっさりと野球部を退部。そのときのことをいまだに悔いていて、社会人になってからはひたすら草野球に励んできた男だ。ユニフォーム姿で休日出勤して守衛を驚かせたという話は、社内ではあまりにも有名だった。
「俺自身びっくりしてるよ。まさかテニスなんかやるようになるとはな」
言いながら芳賀は上半身をかがめた。それから首をねじり、新田の向こうに座っている藤永を見た。
「藤永、ちょっと散歩でもしてきてくれ。新田とサシで話したいことがあるんだ」
藤永は不服そうだったが、芳賀の強い目つきに押し出されるようにしてその場を離れた。藤永の後ろ姿をしばらく見送りながら芳賀がつぶやいた。
「本当に変なヤツだよ。あいつはいろんなことに首を突っこみたがる。ところで、新田……」
「は?」
「俺がなぜテニスを始めたか、聞きたくないか?」
芳賀のなかば強引な問いかけに、新田は「ええ、まあ」と返事をした。
芳賀は満足げに深くうなずいた。
「いまから10年ほど前、うちの会社で社員向けの福利厚生を増やそうとした時期があった。いろいろ案はあったけど、その中のひとつに会社公認の野球部をつくろうという動きがあった。覚えてるか?」
「ええ、なんとなくですが」
「その野球部の責任者をやらないかと会社から言われたんだ。プレイング・マネージャーのようなものだな。そのとき俺は33だったんだけど張りきったね。部員を募集したら、予想外に多い人数が集まった。30人くらいだったな。多喜食全社員で200人くらいだから、これは相当な数だよな。なぜかわが社には野球好きがとても多いことに、そのとき気づいたくらいだよ。社長も驚いていた。“当社でいちばんでかい部は営業部じゃなくて、いずれ野球部になるんじゃないか”って冗談言っていたくらいだ。俺も意気揚々だった。
ところがある日突然、野球部設立は中止になった。俺は驚いて直接社長に掛けあったんだが、どうも要領を得ない。悔しくて残念で、俺は中止のいきさつを必死で聞きまわったよ。それで、あることがわかった。野球部を発案したのはそもそも社長で、当初は誰からも反対はなかった。ところが入部希望者数が明らかになったころから妙なことが起きた。春日専務を中心に、野球部設立反対運動が猛烈に起こったらしい。専務は“会社の公費を一部社員の遊興に限定的に使うのは、いかがなものだろうか?”といった反対趣旨で、役員たちに働きかけたらしい。さすがの社長も、最後は反対勢力に包囲されてギブアップしたというわけだ」
「そんなことがあったんですか」
「ところが、それだけじゃないんだ。俺がいろいろ調べあげていくうちに、当時この春日専務室にしょちゅう出入りしている若手社員がふたりいたことを突きとめたんだ。ひとりは総務部の田丸……」
「田丸? 田丸って……」
「そう、おまえと同期だった田丸。のちに、同じ部の、亭主持ちの女と不倫していたのが発覚して会社を辞めた、あの田丸だ。そして、もうひとりは営業部1課の……、もうわかるよな?」
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第41話より続く
「いや、そうじゃない」芳賀は分厚い手の平を横に振り、それから親指を立てて自分自身をさした。「俺がテニスをやってるなんて驚きだろう?」
「ええ、かなり……」
「俺って、どう見ても野球だもんな。テニスのイメージじゃねえよな」
芳賀は岩のような体を揺すって笑った。
高校野球の季節になると、芳賀は決まって、その昔彼が出場した県大会決勝の話をするのだった。芳賀によれば、甲子園で負けるより県大会の決勝で負けるほうが数倍悔しいことらしい。“いまやその悔しさも懐かしさとなりにけり”というのもお決まりのセリフだった。甲子園の夢を果たせずに芳賀は大学に進学するが、そこで野球より女にのめりこんでしまい、あっさりと野球部を退部。そのときのことをいまだに悔いていて、社会人になってからはひたすら草野球に励んできた男だ。ユニフォーム姿で休日出勤して守衛を驚かせたという話は、社内ではあまりにも有名だった。
「俺自身びっくりしてるよ。まさかテニスなんかやるようになるとはな」
言いながら芳賀は上半身をかがめた。それから首をねじり、新田の向こうに座っている藤永を見た。
「藤永、ちょっと散歩でもしてきてくれ。新田とサシで話したいことがあるんだ」
藤永は不服そうだったが、芳賀の強い目つきに押し出されるようにしてその場を離れた。藤永の後ろ姿をしばらく見送りながら芳賀がつぶやいた。
「本当に変なヤツだよ。あいつはいろんなことに首を突っこみたがる。ところで、新田……」
「は?」
「俺がなぜテニスを始めたか、聞きたくないか?」
芳賀のなかば強引な問いかけに、新田は「ええ、まあ」と返事をした。
芳賀は満足げに深くうなずいた。
「いまから10年ほど前、うちの会社で社員向けの福利厚生を増やそうとした時期があった。いろいろ案はあったけど、その中のひとつに会社公認の野球部をつくろうという動きがあった。覚えてるか?」
「ええ、なんとなくですが」
「その野球部の責任者をやらないかと会社から言われたんだ。プレイング・マネージャーのようなものだな。そのとき俺は33だったんだけど張りきったね。部員を募集したら、予想外に多い人数が集まった。30人くらいだったな。多喜食全社員で200人くらいだから、これは相当な数だよな。なぜかわが社には野球好きがとても多いことに、そのとき気づいたくらいだよ。社長も驚いていた。“当社でいちばんでかい部は営業部じゃなくて、いずれ野球部になるんじゃないか”って冗談言っていたくらいだ。俺も意気揚々だった。
ところがある日突然、野球部設立は中止になった。俺は驚いて直接社長に掛けあったんだが、どうも要領を得ない。悔しくて残念で、俺は中止のいきさつを必死で聞きまわったよ。それで、あることがわかった。野球部を発案したのはそもそも社長で、当初は誰からも反対はなかった。ところが入部希望者数が明らかになったころから妙なことが起きた。春日専務を中心に、野球部設立反対運動が猛烈に起こったらしい。専務は“会社の公費を一部社員の遊興に限定的に使うのは、いかがなものだろうか?”といった反対趣旨で、役員たちに働きかけたらしい。さすがの社長も、最後は反対勢力に包囲されてギブアップしたというわけだ」
「そんなことがあったんですか」
「ところが、それだけじゃないんだ。俺がいろいろ調べあげていくうちに、当時この春日専務室にしょちゅう出入りしている若手社員がふたりいたことを突きとめたんだ。ひとりは総務部の田丸……」
「田丸? 田丸って……」
「そう、おまえと同期だった田丸。のちに、同じ部の、亭主持ちの女と不倫していたのが発覚して会社を辞めた、あの田丸だ。そして、もうひとりは営業部1課の……、もうわかるよな?」
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Posted by love40 at 16:26
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