2005年07月24日

ラブ・フォーティ 第45話 〜ファイト・バック〜

(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第44話より続く

 新田は前かがみになり川の流れに手を差しいれた。指先からひんやりとしたものが駆けのぼり、一抹の冷涼感が頭の芯をなぐさめた。芳賀の言いたいことが、とてもよくわかったような気がした。
「なんだかおもしろそうに感じてきましたよ」
「そうだろう。おもしろそうだろう」言いながら芳賀がふと新田の顔を覗きこんだ。「そうだ、新田、おまえもファイト・バックしてみないか?」
「僕が? 僕が何をするんですか?」
「テニスだよ」
「“テニス”? 冗談はやめてくださいよ。僕はラケットを握ったこともないんですよ」

「俺だってそうだったよ」
「一緒にしないでくださいよ。高校野球で甲子園寸前まで行った芳賀さんとこの僕じゃあ、運動神経そのものが違いますよ」
 すると芳賀が新田のだらけた腹をしげしげと見ながら言った。
「運動神経より以前に、その体型は考えたほうがいいかもな」
 芳賀の無遠慮なまなざしにいくぶんむっとしながら、新田が言いかえした。
「第一、僕は安斎のことをそれほどまでには思っていませんから」
 芳賀が新田に顔を近づけた。
「いま言ったこと、本心か? 安斎に腹は立たないのか?」

「ええ」
 新田の答えに、芳賀は肩を落とした。
「そうか……。じゃあ、ファイト・バックにならねえな」
 芳賀は立ちあがり、川の上流へ視線を投げた。遠くに藤永の姿を認めると、ありったけの声を飛ばした。
 ゆっくりゆっくり戻ってくる藤永を眺めながら、芳賀はつぶやいた。
「なあ、新田。腹の立たない人生なんて、くだらねえぞ」
 新田は小石を拾うと川へ投げつけた。石は川面を滑り、1回、2回、3回、薄くジャンプしてから水の中へもぐりこんだ。

 新田は、藤永と並んで座った市ヶ谷のお濠(ほり)を思い出していた。藤永から聞いたあの病気の鮒はどうしただろうか。釣りあげられ、小さなバケツで連れて帰られ、病気を嫌われ、ふたたび濠に捨てられたあの鮒は、その後どうしただろうか。あの鮒だってきっと物凄く腹を立てたことだろう。もしあの鮒が、いま子や孫を残していたら、それはそれであの鮒のファイト・バックだな、と新田はふと思った。

 芳賀が立ちあがった。きびすを返し、背後に置いてあるバッグに向かって歩き始めようとした。新田が顔をあげ、芳賀を呼びとめた。
「芳賀さん。ちょっと妙なことをお伺いしていいですか?」
 芳賀が新田を見おろした。
「妙なこと?」
「あの……、事実と真実は、どう違うと思いますか?」
「哲学か?」
「いえ、たわいのないクイズのようなものなんですが」
「クイズねえ……。事実と真実ねえ……」
 言って芳賀はその場で腕組みをした。

 しばらくしてかぶりを振った。
「わからん。苦手だ、そういうのは」
 そう言って芳賀はバッグのほうへ体を向け、一歩踏みだしたところで動きを止めた。新田をふたたび見おろした。
「ひょっとすると、それ、俺がさっき言ったことじゃないのかな? “勝ったほうが悔やんで、負けたほうが晴れ晴れとしていることだってある。それがスポーツの不思議”だと……。たとえば何かの試合で1対0だったら、1点取ったほうが勝ちだ。これは事実。しかし、だからといって1点取って勝ったほうが必ずしも満足しているとは限らない。負けたほうが満足し、ある種の勝利感を味わっていることもある。これは真実。どうだい?」

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この記事へのコメント
 つづき  よみます。
  50さいすぎて 
 かんじること
Posted by かめれおん at 2006年02月01日 19:52
●●●かめれおんさんへ●●●
>50さいすぎて かんじること
テレビのドラマを見ていると、主人公はだいたい2〜30代。
もっと「オトナ」が見るドラマがもっと増えるといいですね。
Posted by オヤジライター加久時丸 at 2006年02月01日 21:20