2005年07月24日

ラブ・フォーティ 第48話 〜プレイ〜

(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第47話より続く

 理沙が子供部屋へ消えると、ダイニングはすっと静まった。
 その静けさを埋めるように晴美が言葉を発した。
「あなた、もしかして、本当にテニスやる気なの?」
「あ、いや……」
「テニスって本当にハードよ」
「……だから?」
「あなた、もう40なんだし。スポーツならゴルフをかじってるんだから、それをもっと楽しめばいいじゃないの。体力も衰えてくるころなんだし、いまさら無理してテニスなんかする必要ないわよ」

 ショックだった。新田はかすかに目眩(めまい)に襲われた。こんな形で妻から年齢の話が出るとは思っていなかった。いままで自分の年齢の話が出るとすれば、それは“働きざかり”という言葉をともなって耳にしてきた。新田はいきなり老いを宣告されたような気がした。それはつまり、男性失格に近いものを連想させた。
 新田はあらがうように言った。
「40じゃあテニスは無理か?」
「人によるけど……」晴美は、夫の腹の形を盗み見た。「ねえ、あなた。テニスはゴルフのようにはいかないのよ。何時間もラケットを振り続けなければならないし、走り続けなければならないの。それができないと……」
 晴美はそこで言葉を切った。

 沈黙がさした。
 その沈黙に堪えかねたように新田が聞いた。
「それができないと?」
「それができないと、とっても惨めなスポーツよ。40にもなって、わざわざそんな惨めな思いをする必要はないでしょ?」
 晴美の言葉に、新田の中で怒りがはぜた。とっさに言い返していた。
「じゃあ、そうならないようにするまでだ」
 晴美は数秒待った。その言葉をとり消すなら、いましかないと言わんばかりの間(ま)だった。しかし、そびやかした肩を夫がおろす様子はなかった。

 晴美の口もとに含み笑いがうごめいた。
「“そうならないようにするまで”って……、あなた、本当にやる気なの?」
「やる」
「本当に?」
「本当に!」
「どうしても?」
「どうしてもだ!」
 言ってしまった自分を、新田は心の中で激しくののしった。やりたくもないテニスを……、何を血迷っているんだ……、とり消すんだ……、いますぐ妻に言って、とり消すんだ……。
 が、もう遅かった。晴美が強い目を向けて言った。
「わかったわ。そうまで男の人が言うんだから、よほどの決意なんでしょう。でも、ひとつだけ条件があるの」
「じょ、“条件”?」

「そう、条件」晴美は上半身をテーブルの上に数センチ押しだし、顔を夫に近づけた。「もしテニスをやるんなら、カッコよくやってほしいの」
「“カッコよく”?」
「そう、カッコよくプレイしてほしいの。それが私の子供のころからのテニスのイメージなの。ゴルフなら構わない。お腹が出ていようと、ファッションセンスが悪かろうと……。でも、テニスは許せないの。カッコよくやってほしいの。どう、できるかしら?」
 引きさがれなかった。
「わかった。カッコよくやってやるよ」
 言ってしまった。新田は、自分がこれほどまでに短気で軽率で意地っぱりだとは思っていなかった。

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