2005年07月25日
「酒と泪と男と会社」drink8:心の形
●「酒と泪と男と会社」は、毎回読み切りの連続エッセイです。何話目から読んでもOKです。もし、よかったらバックナンバーも読んでみてください。
●「酒と泪と男と会社」第8話:心の形
「心」はどんな形をしているか、ご存じ?
驚くかもしれないが、心はタライのような形をしている。昔の人が洗濯するときにつかった、あのタライ。小さな子供が行水をするときにつかった、あのタライだ。心は、あのタライのような形をしていて、しかも、その底のまん中には小さな穴があいているのだ。どう、予想外の形をしているでしょ? 心はあなたの体のなかにあって目には見えないけれど、じつはそういう形をしているのだ。
では、「欲望」はどんな形をしているか、ご存じ?
食欲、性欲、出世欲、名誉欲、ラクしたい欲、カラオケ欲、読書欲……。人それぞれ、いろいろ欲望はある。その欲望も、目には見えないのだけれど、じつは形がある。どんな形だと思います?
なぜか小さな球形をしている。ビー玉のようなものを想像していただければ結構。食欲、性欲、出世欲……それぞれがビー玉のような形をしているのだ。
さて、あなたの心の中では、日々さまざまな欲望がうごめいていて、そのうごめきを反映して、あなたの生活がつくられている。「ああ、お腹すいた、ハンバーグでも食べに行こうかな」とか「海が見たいの、わたし」とか「なんか面白い本ないかなあ」とか「きょう、会社、休みたい」とかね。
あなたは、あなたの心という名のタライを両手で抱えている。そしてその中には、欲望という名のいろいろなビー玉が無数に転がっていて、あなたの腕のかしげ方で、右に転がったり左に曲がったり、前からうしろ、うしろから斜めに行ったり来たり、ざわざわと動きまわっている。タライのまん中には、小さな穴があいていて、まるでゴルフのボールのように、その穴にみごと入ったビー玉が、あなたの行為の主導権をにぎる。
「映画見ようかな、それとも公園でひなたぼっこしようかな。ウ〜ン、天気がいいから公園行こう」と《公園欲》のビー玉がころころ穴に入って公園行きが決定し、あなたはひなたぼっこに行く。「カレーにしようか、それともラーメンにしようか」あなたはタライを揺すりながら考える。《カレー》ビー玉と《ラーメン》ビー玉が転がりはじめ「そう言えば、きのうラーメンだった」ことを思い出し《カレー》ビー玉があっさりホールインワンしたりすることもある。
現実にはもっと複雑な選択──つまりビー玉の数ははるかに多いのが普通だ。カレーと言っても、外で食べるのか家で食べるのか、外で食べるのなら専門店なのか日本そば屋なのかファーストフードなのか、あるいは遠くのうまい店まで出向くのか近くで簡単にすますのか。そのぶんビー玉は数を増し賑わう。場合によっては、いつまでも決め手がないまま、いくつものビー玉がタライのなかで漂いつづけることもあるかもしれない。
ところで、あなただ。
あなたも、あなたのタライを抱え、つねにそのなかでビー玉を転がしている。たとえば、夕方。仕事が終わりほっとひと息し、さあ、これからどうしようかなと、タライの中をのぞき込む。そのとき、あなたにはどんなビー玉が見えているのだろうか。
ひょっとして、たそがれ時のあなたのタライには、ビー玉がひとつポツンと転がっているだけ、なんてことはないだろうか?
「オジサン」と呼ばれている多くの人が、ほっとひと息したいとき、酒を飲むというビー玉しか転がらなくなってしまっているようだ。帰りがけに飲む、軽く飲む、1杯だけ飲む、ひとりで飲む、同僚と飲む、友だちと飲む、家で飲む、なんとなく飲む、テレビを見ながら飲む、寝ころがって飲む……。飲む、飲む、飲む、飲む。ほとんど条件反射。ほっとひと息したら、酒を飲む。ことさら他にするべきことも見つからず、飲んでしまう。
仕事が終わると、がらんとしたタライの中に、「飲む」というビー玉が、たった1個。それが、あなたの心象風景? だとしたら、ウ〜ン、その風景は、あまりにも寒々しい。
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●「酒と泪と男と会社」第8話:心の形
「心」はどんな形をしているか、ご存じ?
驚くかもしれないが、心はタライのような形をしている。昔の人が洗濯するときにつかった、あのタライ。小さな子供が行水をするときにつかった、あのタライだ。心は、あのタライのような形をしていて、しかも、その底のまん中には小さな穴があいているのだ。どう、予想外の形をしているでしょ? 心はあなたの体のなかにあって目には見えないけれど、じつはそういう形をしているのだ。
では、「欲望」はどんな形をしているか、ご存じ?
食欲、性欲、出世欲、名誉欲、ラクしたい欲、カラオケ欲、読書欲……。人それぞれ、いろいろ欲望はある。その欲望も、目には見えないのだけれど、じつは形がある。どんな形だと思います?
なぜか小さな球形をしている。ビー玉のようなものを想像していただければ結構。食欲、性欲、出世欲……それぞれがビー玉のような形をしているのだ。
さて、あなたの心の中では、日々さまざまな欲望がうごめいていて、そのうごめきを反映して、あなたの生活がつくられている。「ああ、お腹すいた、ハンバーグでも食べに行こうかな」とか「海が見たいの、わたし」とか「なんか面白い本ないかなあ」とか「きょう、会社、休みたい」とかね。
あなたは、あなたの心という名のタライを両手で抱えている。そしてその中には、欲望という名のいろいろなビー玉が無数に転がっていて、あなたの腕のかしげ方で、右に転がったり左に曲がったり、前からうしろ、うしろから斜めに行ったり来たり、ざわざわと動きまわっている。タライのまん中には、小さな穴があいていて、まるでゴルフのボールのように、その穴にみごと入ったビー玉が、あなたの行為の主導権をにぎる。
「映画見ようかな、それとも公園でひなたぼっこしようかな。ウ〜ン、天気がいいから公園行こう」と《公園欲》のビー玉がころころ穴に入って公園行きが決定し、あなたはひなたぼっこに行く。「カレーにしようか、それともラーメンにしようか」あなたはタライを揺すりながら考える。《カレー》ビー玉と《ラーメン》ビー玉が転がりはじめ「そう言えば、きのうラーメンだった」ことを思い出し《カレー》ビー玉があっさりホールインワンしたりすることもある。
現実にはもっと複雑な選択──つまりビー玉の数ははるかに多いのが普通だ。カレーと言っても、外で食べるのか家で食べるのか、外で食べるのなら専門店なのか日本そば屋なのかファーストフードなのか、あるいは遠くのうまい店まで出向くのか近くで簡単にすますのか。そのぶんビー玉は数を増し賑わう。場合によっては、いつまでも決め手がないまま、いくつものビー玉がタライのなかで漂いつづけることもあるかもしれない。
ところで、あなただ。
あなたも、あなたのタライを抱え、つねにそのなかでビー玉を転がしている。たとえば、夕方。仕事が終わりほっとひと息し、さあ、これからどうしようかなと、タライの中をのぞき込む。そのとき、あなたにはどんなビー玉が見えているのだろうか。
ひょっとして、たそがれ時のあなたのタライには、ビー玉がひとつポツンと転がっているだけ、なんてことはないだろうか?
「オジサン」と呼ばれている多くの人が、ほっとひと息したいとき、酒を飲むというビー玉しか転がらなくなってしまっているようだ。帰りがけに飲む、軽く飲む、1杯だけ飲む、ひとりで飲む、同僚と飲む、友だちと飲む、家で飲む、なんとなく飲む、テレビを見ながら飲む、寝ころがって飲む……。飲む、飲む、飲む、飲む。ほとんど条件反射。ほっとひと息したら、酒を飲む。ことさら他にするべきことも見つからず、飲んでしまう。
仕事が終わると、がらんとしたタライの中に、「飲む」というビー玉が、たった1個。それが、あなたの心象風景? だとしたら、ウ〜ン、その風景は、あまりにも寒々しい。
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Posted by love40 at 10:16
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