2005年07月25日

「酒と泪と男と会社」drink13:デカ部屋

刑事ドラマでお馴染みのシーン──うす暗い取調室に、容疑者と2人の刑事が机をはさんで座っている。容疑者は20歳前後のチンピラで、そっぽを向いている。若いほうの刑事がチンピラをにらみつけている。もうひとりの初老の刑事は天井をあおぎ、ゆっくりとタバコの煙を吹き上げている。時間が止まったような静寂。

突然、若い刑事が両手で机をばんと叩き、怒鳴る。「おい、いつまで黙ってんだよ! おまえがやったってのは、もうわかってんだ。早く吐いちまいな!」チンピラの胸ぐらを掴みかかる。すると、初老の刑事がすばやく若い刑事を制しながら、やわらかい声で言葉を発する。
「まあ、まあ、トクさん。そう怒鳴っちゃいかんなあ。喋りたくても、喋れなくなっちまうよ。なあ、にいさん、そうだろ。悪かったな。コイツもまだ若いから、まあ、勘弁してやってくれ。刑事だってカッとすりゃあ、こういうふうに怒鳴っちまうことだってあるんだ。にいさんだって、つい出来心ってやつなんだろ?」
 
チンピラ、無表情のまま、そっぽを向いたきり動かない。若い刑事、たまりかねて怒鳴る。
「オヤジさん!コイツは、生まれつきのゴロツキですよ! 性根を叩きなおさなきゃあ、どうしようもねえヤツなんですよ!」
初老の刑事はあわてることなく、柔和だが鋭い目つきで、若い刑事を黙らせてしまう。
「おい、おい、トクさん。いかんぞ。おまえさんのほうが、よっぽど危ねえや。こっちのにいさんのほうが冷静だ。なあ、にいさん、あんた、そんなに悪い人間には見えねえんだがなあ、俺には。俺も長いことデカやってんだ、人を見る目くらい、しっかりしてらあ。根っからの悪人とはちがうよ、おまえさんは。おふくろさんだって、あんたをそんな人間には生まなかったはずだ。よく考えてみてくれ。ついカッとしただけなんだろ? で、やっちまったんだろ? なあ、そうだろ? あ、そうそう、腹減ってんじゃねえのか。トクさん、カツ丼でも取ってやってくれや……」

まもなくチンピラはカツ丼をほおばりながら、自供することになる。

怒鳴る刑事と、なだめる刑事。敵意をむき出しにする刑事と、好意を寄せてくれる刑事。敵と味方。批判と理解。
ちょっと哲学的な言い方をすると(だから、よくわからなかったら読み流してほしいのだけれど)、この2人の刑事は“ひとつ”である。二者の対立する性質によって一対をなしている。彼らの相反する存在によって、取調室という自白装置はフルに稼働する。(どう、わかった?)

とくに初老の刑事の役目は重要だ。チンピラに対する一般的な反応(世間の冷たい目や、若い刑事の攻撃的な態度)とは、真っ向から異なる「深い理解」をチンピラに差し向ける。「つい出来心でしたことだ。おまえが悪い人間じゃないことは、よくわかっているよ。だれも、責めたりなんかしないよ」

──と、ここまでが、この稿の長い長い前置き。さて、そろそろ本題にはいることにする。
あなたは今、ある宴会に出席している。たとえば、会社の忘年会だ。立食によるパーティスタイルの宴会が増えている中、社長の個人的思い入れもあり、今年も座敷を借りて昔ながらの「エンカイ」スタイルだ。横並び二列で向き合っているが、お向かいとはやや距離があるため、喋る相手はおもに隣り同士になる。それぞれの前にお膳が置かれ、酒と肴があれこれのっている。
最初あなたはズボンがシワにならないように用心深く座っているけれど、だんだん面倒臭くなり始めてくる。

あなたの右横には、同じ課の先輩格「オカモッちゃん」が豪快にカラの徳利を並べている。あなたの左横には、隣の課の長老「シマヌキさん」がにこやかにビールを飲んでいる。残念ながら、お目当ての女の子は、はるかかなたでキャーキャー言いながら飲んでいる。
1時間ほど経ち、宴たけなわとなる頃、あなたのズボンはすでに体裁を捨てていた。酔いが体に沁みわたってきたちょうどその時、それまで反対隣と喋っていたオカモッちゃんが思い出したように、あなたに徳利を突きつけた。

「おいおい、なんだよ、飲みが足りないんだよ。グッと行けよ、グッと」
「いやあ、そんなことないですよ。オカモトさんが見てない間に、結構やってるんですから」
「いいや、俺はねえ、見てないようで、し〜っかり見てんだよ。仕事だけじゃないんだぜ、俺がシビアなのは。きょうは、まだおまえは飲んでない。さあ、これはセンパイの命令だ。グッと行ってもらおうか」
「いやあ、もう、ダメですよ」
「おいおい、俺のお酌じゃあダメってわけ?」

あなたは根負けして、オカモトさんの言うなりに、盃3杯ほどたてつづけに飲み干す。すると、さらに飲むことを強要してくるオカモッちゃん。「ごかんべん」「ダ〜メ〜」「おゆるしを」「俺の酒はまずいってわけ〜?」「いえ、そんな」 さらに2杯、エイッとばかりに飲む。熱い日本酒が体の中を駆けまわり、あなたはレッドゾーンにさしかかる。しかし先輩オカモト氏は、追撃の手をゆるめようとしない。あなたはヘキエキしてくる。気持ちがこわばりはじめ、酔いも手伝ってか、何かガツンとオカモトに言ってやろうかと気分が尖り始めた。

まさにその時だった。左で静かに飲んでいたゴマ塩頭のシマヌキさんが、やや赤らんだ微笑をこちらへ向けた。あなた越しに、オカモッちゃんに声をかけた。
「おいおい、オカモッちゃん、無理はいかんよ。人それぞれペースってのがあるんだから。自分のペースで飲んでこそ、酒は楽しいんだ。あんたみたいなウワバミばかりじゃないんだ。そろそろ、勘弁してやんなよ」
「シマさんねえ、コイツは飲めるの。仕事以外は何でも来いってタイプなの。平気、平気。さあ、もう一杯、行こうぜ」オカモッちゃんは、シマさんの言うことを無視して、酒を注ごうとした。 

「ほら、困ってるじゃないか。なあ、オカモッちゃん」オカモトの強引さに驚きもせず、シマさんは微笑を崩さぬまま、やや声高に「あんただって、会社に入ったばかりの新人の頃は、ねえ、いろいろ、ねえ……」
「アアッ、シマさん、わかったわかった、その話を出されちゃあ降参だ、わかりました。かなわねえなあ、シマさんには」オカモトは、ひときわ大きな声でシマさんの口を封じた。酒の無理強いは、ぴたりと止まった。あなたは、ホッとする。
シマヌキさんは普段から控え目なせいか、こういう機会でもない限り、まじまじと顔を見ることもない。ほっそりとした輪郭と、穏やかなまなざし。こちらまで、静かな気持ちになってくる。

シマヌキさんがひとりごとのように言う「酒は、無理せず、楽しく飲まなきゃねえ」
あなたは軽く相づちを打って「シマヌキさんはお酒は結構やるんですか?」
「実は、当社一の飲んべえかもしれないんですよ、私」
「へええ」
「意外でしょう? 私、酒が大好きでね。ま、一杯、どうです?」シマヌキさんは、ほとんど無意識のうちに、あなたのほうへ徳利の口を向け、ハッとしてあわてて引っ込める「いや、申し訳ない。いまオカモッちゃんに『やめろ』って言ってたくせに、もう忘れて。すまん、すまん。なんか、つい……」
シマヌキさんは小さく照れながら、自分の頭をポカリとやった。その仕草がなんとも言えず哀愁がある。なにか心に触れるものを感じ、あなたは拍子でおちょこを差し出す。 
「あ、いえいえ、別に飲まないわけじゃあ……。じゃ、一杯、いただきます」
その時のシマさんの喜び方が、つましく静かで、好感がもてた。

シマさんが微笑みながら言う。
「なんか、悪いねえ、付き合わせるようで。昼間は昼間で、あんた、忙しいのに。いやね、あんたの課ってとくにハードだから。私、その辺のこと、よく知ってるから。とくに、あんたのポジションは、誰でもできるってわけじゃないからねえ。ほんと、よくやってるよ 」
「いやあ、それほどでも。なんか照れますよ、シマヌキさんのような大先輩に誉めていただくと」今度は、あなたが、徳利を傾ける。シマさんは、嬉しそうに、ちょこで受ける。酒で満ちたちょこを口元へ運ぶ。またたく間に酒が口の中へ吸い込まれてゆく。うまそうに目を細めるシマさん。見ているほうにまで、酒のよさが伝わってくる。なごやかに、軽やかに、互いに返杯、返杯、返杯……。
あなたは、ものの見事に気持ちよく飲んだ。たっぷりと飲んだ。宴会後も、シマさんと二人でつぎつぎとハシゴをした……。
 
そして翌日、あなたは最大級の二日酔いに悩まされていた。あなたはまんまと飲まされてしまった、と言うべきかもしれない。そう、昨夜はうまく飲まされてしまったのだ。いったい誰に? シマさんに?
確かに、シマさんだ。でも、シマさんだけだろうか?
いや、違う。オカモト先輩の無理強いが、引き金だった。あの強硬な態度があったからこそ、シマさんの穏和な振る舞いに、ついのめり込んでしまったのだc

あなたは、思い出す。テレビでお馴染みの、あのシーン。あの2人の取調官を。責めたてる刑事と、かばう刑事を。

またもや哲学的な言い方をお許しいただくと(だから、よくわからなかったら読み流してほしいのだけれど)、宴会とは、つまり「シマさん」と「オカモっちゃん」なのだ。この2種類の人間が、あなたの目の前に交互に現れる空間、それが宴会なのだ。そして、あなたに悟られることなく、じつに巧妙に、あなたを酔わせしめる装置なのだ。あのデカ部屋のように……。

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