2005年07月25日

森山直太朗


クリスマスの時期にクリスマスがらみの新曲を出すアーティストに“商魂”というものを感じてしまうのと同じように、僕は、森山直太朗が『さくら』でブレイクしたときに、「桜」〜「別れ」〜「卒業式」〜「日本人の涙腺」という、最初の蹴り出しからパスワークをからめ一気にゴールへなだれ込むその“巧みさ”に、ある種の抵抗感を抱いたものだ。

「なんちゅー、あざといヤっちゃ!」

それ以来、彼がテレビなどで歌うときは、「ぜったい好きにならないもんね!」と、そのつど自己確認し、身構えて歌を聴くようにしていた。(なら、聴くなって!)
そのかたくなな態度が奏功してか、僕はつい昨日までアンチ森山直太朗をつらぬいてきた。

ところが! なんてことだ!

つい数分前まで、映画『半落ち』をビデオで見ていたんですよ。で、目に涙を浮かべてエンディングに見入っていたそのとき、突然、天から降りそそぐようなファルセットで始まる切ない歌声が流れ始め、それが僕の脳髄をかちわった!
驚いたことに、歌が終わるまで「誰が歌っているか」をまったく考えもしなかったし思いもしなかったし気にもしなかった。
たとえば……、美しい花を見つけ、それがあまりにも美しすぎて、花の名前を自問することも自答することも忘れ、ただ見とれ突っ立っていたような感じ。ただ聴きいっていただけ。こういうことは、そう滅多にあるもんじゃない。
で、エンディングロールがそろそろ終わろうとするとき、画面の下から上へと上がっていくクレジットの中に──

主題歌 「声」 森山直太朗

見たとたん、「わぁ、やられた!」と叫んでしまった。いや、「まいったぁ!」だったかも…… カンペキに放心状態……

一番最初につまらん偏見をもってしまったために、ずいぶん遠回りをしてしまったよ、あなたの素晴らしさを受け入れるのに。

きょうは『いくつもの川を越えて生まれた言葉たち』を聴きながら、寝る。(オイッ、そのCD、いつ買ったんだよ!)


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