2005年07月25日

女の子店長、がんばれ!


僕の家の近くに、それほど大きくない吉野屋がある。席数は10か、15か、20か……。

「10か、15か、20か……」とはあまりにも曖昧だが、なにしろその吉野屋に行くのは決まって僕が酔っている時で、しかも夜中の疲れ切っている時なのだ。
ちょっと眠くなり始め、寝床が恋しくなっていて、にもかかわらず、その眠気を押しのけるように空腹がしゃしゃり出ているという状態なので、店の全貌を見回すゆとりなど持ち合わせていない。

僕は注文をすますと、頭の重さを支えきれずうつむいて、あとはカウンターに置かれた自分の手をじっと見つめている。したがって従業員の顔をよく見たことがない。

牛丼がまだ通常メニューにあったころは夜中もかなりの賑わいを見せていて、従業員も3人ほどいたことを記憶している。厨房に1人、カウンターに1人、その2人の間あたりのポジションに1人という感じだっただろうか。その3人が忙しく立ち働いていたように覚えている。

そして、1年前、牛丼が消えた。

すると客も減り、従業員も減った。気がつくと従業員1人ですべてをこなすようになっていた。注文を聞き、まかないをし、金を受け取り、合間にドンブリや皿やコップを洗う。

その晩も、僕はいいかげん酔っていて、その吉野屋は客が入っていなかった。
「豚丼」を頼み、カウンターの上の自分の手を見下ろしていると、「おまたせしました!」の元気な声とともに豚丼が置かれた。ああ、そうだった、ここは店長が女の子なんだよな、と今さらながら思い出し、僕は食べ始めた。

女の子店長は、僕1人を残し、パーテーションの向こうに行った。いつもはドンブリの中だけを見つめてひたすら食べる僕だが、水の音にひかれてそちらのほうを見た。すると、パーテーションの隙間から、洗い物をしている女の子店長のせかせかと揺れる背中がちょっとだけ見えた。僕は豚丼のしみた箸先を口に突っ込んだまま、しばらく見ていた。

身長は150センチ前後という感じだから、いまの女の子にしては小柄で、その小柄な背中が一生けんめい仕事をしている。年齢は20代後半だろうか。オヤジである僕からすれば“女の子”であることに違いない。僕は相変わらず箸の先をちまちま噛みながら、ふと「こんな夜中に、がらんとした店でひとりぼっちというのは心細いだろうなあ」と勝手に思った。そのとき、その女の子店長の背中の動きが急に止まった。
どうしたのかな?と僕が思う間もなく、「くしゅん」という小さなくしゃみの音が聞こえた。

「くしゅん」……その途端、なぜか僕の目にじわじわと涙がにじんできてしまった。僕はあわててドンブリを置き、ハンカチで目をこすりながら、なぜこんな訳のわからない哀しみがこみ上げてきたのか、その正体に気持ちを集中させた。
すると、まだ吉野屋に牛丼がじゃんじゃんあって賑わっていた、かつてのお店の光景がよみがえってきた。その頃は、大柄な男2人にまじって、その小柄な女の子がちょこちょこと働いていた。その頃の光景が、いまのこの店内の光景と重なり、その大きなズレが僕に奇妙な想像をさせた。

つい数年前の3人で働いている姿──その3人は、じつは兄妹で、自分たちの家業であるこの店を仲良く営んでいた。ところが、この商売が低迷し始めると、店長である長男そして次男は、愛想づかしして店を去ってしまう。残されたのは、一番小さな末っ娘の彼女だけ。たったひとりになった彼女は、自分の胸に「店長」の名札をつけて、ひとりで店を切り盛りし始めた。注文を聞き、まかないをし、金を受け取り、合間にドンブリや皿やコップを洗う……。
女の子店長はたったひとり……。こんな夜中だというのに……。男だって身の危険を感じないではいられない物騒な時代だというのに……。女の子店長は1人頑張って、ちょこちょこと店の中を動き回っている。お兄ちゃんは2人ともいなくなってしまったというのに……。

そして、彼女は今、たったひとり、くしゅんとくしゃみをしてしまった。

牛丼さえ売ることができれば、もっとお客さんが来て、前のように3人で楽しくお店ができるというのに……。

僕は豚丼をかっこむと、彼女の顔を見ることもできずに金を支払い、店を出た。女の子店長、がんばれ!


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この記事へのコメント
じーん。。。

とても素敵な女の子だと思います、その子^^
Posted by mihoris at 2005年07月31日 20:18
●●●mihorisさんへ●●●
>とても素敵な女の子だと思います、その子^^
いま、頑張っている女の子ってとても多いですよね。
みんな頑張れ!
Posted by オヤジライター at 2005年08月01日 00:18