2005年07月25日
ヤコペッティの「世界残酷物語」

「ヤコペッティ」と聞いてすぐピンとくる人がいたら、それはよほどの映画マニアかモンド好き(後述)か、あるいは僕のようにソートーなオヤジということになるだろう。
1962年に発表されたドキュメンタリー(?)映画『世界残酷物語』は、その年のカンヌ映画祭でセンセーションを巻き起こし、世界中にそのショッキングなシーンを知らしめた。以降、ヤコペッティを“残酷ドキュメンタリーの巨匠”“記録映画の奇才”などと呼ぶようになった。
彼の作品を“ドキュメンタリー”と規定していいのかどうかについては、大方の良識・常識ある映画ファンは「ノー」と言うはずだ。ヤラセ疑惑が多々あるとともに、ドキュメンタリーとしての“社会的視点”が欠如している、という点において非難・拒絶されている。
“社会的視点”が欠如しているとは、たとえば動物の虐待シーンを映ずるにしても、それが動物愛護や社会問題という視点から見せるわけではなく、たんに「虐待シーンって、怖いもの見たさでみんな見たがるじゃん」といった“見せ物小屋”的な傾向が強いことを指す。
残酷なシーン、変奇なシーンが日常的に流布し蔓延している現在からすると、いまや大人しめとさえ思えるが、『世界残酷物語』からいくつかシークエンスを紹介すると──
・牛の頭を一刀のもとに切り落とすネパール・グルカ族
・祭りで数百頭の豚をたたき殺し、むさぼり食う未開人
・人間の女の乳を飲む子豚
・放射能で方向感覚を失ったウミガメの死
などなど、40ほどのエピソードが次々と続く。
世界各地の残酷行為、奇習風俗などを、まさに“見せ物小屋”的に展開していく……そのような趣向を“モンド”と呼ぶことがある。が、なにぶんにも“モンド”という言葉は奥が深い(らしい)ので、興味のある方は各自で奥義を究めていただきたい。
“モンド”という言葉は、『世界残酷物語』の原題『Mondo Cane』(イタリア語の「Mondo:世界」と「Cane:犬」で「犬の世界」の意)から来ている。
この映画を源流にして、“モンド/ドキュメンタリー”はさまざまな変容・展開をし、いまや善意的にも悪意的にも使われている。
1966年のヤコペッティ作品『さらばアフリカ』の発表後、それを模倣するように次々と生まれたアフリカ系とその周辺──『アフリカ最後の残酷』(伊67年)、『知られざるアフリカ』(伊70年)、『グレートハンティング』(伊75年)など、当時はまだ秘境とされていたアフリカを舞台に取材(演出?)した“秘境モンド”や、人間の性の風習・奇習などに題材を追った“スケベ・モンド”や、姑(しゅうと)が婿(むこ)を執拗にいびる“中村モンド”などなど多岐に分かれていく。(←「む〜こ〜殿」の中村主水。これは冗談です)。
ヤコペッティ以降のモンド作品が、たんに“ゲテもの”“悪趣味”に堕しているのに比べれば、やはり本家のヤコペッティ作品は、モンドものと批判されながらも、それなりの“視点”があると思っている。
あまりにも昔に見たものなので、どのヤコペッティ作品だったかは覚えていないが、どこかの国の海軍が航行していると、その軍艦の周りを、グラマラスな水着美女がモーターボートに乗って走り回るというシーンがあった。水着美女の登場で、軍艦の中で長いこと禁欲生活を強いられていた水兵たちは、先を争って艦側に走り寄り群がり重なって、美女たちの姿態をむさぼり見るのだ。滑稽で、物悲しく、そして、残酷だ。
それまでの記録映画作家の誰もが考えつかなかった、スキャンダラスなドキュメンタリーが出現したのだ。
いま見るとまったく違う印象を受けるかもしれないけど、あのころ受けた衝撃はまだ消えていない。1970年代、ヤコペッティ作品は、テレビのお茶の間映画館でよく放映された。いま、あの手の映画を、地上波テレビで放映することはあるのだろうか。
残酷度はともかくとして、内容の虚偽性のほうが問題になるのではないだろうか。なにしろ、モンドものというのは、劇映画でもないし、さりとて純粋にドキュメンタリーでもないという、ビミョーな領域にあるから、善意(笑)の視聴者をいたずらに惑わせることになるかもしれない。
それはさておき、幼くしてヤコペッティの映画を見たことによって、僕は、その後の“ドキュメンタリー好き”へと傾く遠因を踏んだのかもしれない。
ただ、その僕もすっかりオヤジになってしまい、ドキュメンタリー観は変わった。その意味合いにおいて、いま僕の胸に深く刻まれている言葉を紹介する。
これは、つい先日のアカデミー賞で名誉賞を受けたシドニー・ルメット監督が、かつて語ったエピソードだ。
1965年にルメットは『質屋』という作品を撮っている。主人公は、ユダヤ系の大学教授で、戦時中にナチスに妻子を殺されている。その忌まわしい記憶の中、人生の暗みを歩んできた彼に、ある変化が訪れる……。
主人公を演ずるのはロッド・スタイガーで、この役でベルリン映画祭主演男優賞を獲得している。
ところで、この映画の制作にあたって、ルメット監督は原作者(ひょっとすると脚本家)と対立することになる。原作者は、ナチスによるユダヤ人の惨状を、戦時中の実際のフィルムを映画に挿入することで表現するようルメットに求めた。しかし、ルメットは頑として拒否した。そして、彼は言った。
「あの人々(ホロコーストの犠牲者たち)は、私の映画に出るために亡くなったわけではない」
この言葉に、劇映画とドキュメンタリーを厳然と隔てる、ルメットの強いまなざしを感じた。その後、彼はドキュメンタリー・タッチの作品を撮ってはいるが、それはあくまでも“タッチ”であり、自分は劇映画の監督だということをルメットは付け加えている。
ルメットからすれば、ヤコペッティの行為は許されざるものかもしれない。
僕もいまは、ルメットの言葉を知ってしまった人間として、映画・テレビなどのドキュメンタリー作品に接している、と言えるだろう。
ところで、このページの一番上にあった写真、気になっていたのではないだろうか?
じつは、これ、20数年前にヤコペッティ監督が来日した際に、僕がいただいた彼のサインなのだ。
彼のフルネームは、グァルティエロ・ヤコペッティ。
「Gualtiero Jacopetti」とつづるのだけど、僕がいただいたサインは、はたして「Gualtiero」なのか「Jacopetti」なのか、よくわからない。ひょっとすると、そこには名前などなく、イタリア語で「バカヤロー」とか書きなぐられているのかもしれない。そう思うと、気になって気になって……(卑笑)。
いずれにせよ、ルメットさんには申し訳ないのだけど、このヤコペッティさんのサインは一生大切にする。
さて、長くなったついでに、もうひとこと。
いま、東京国立近代美術館フィルムセンターで、「日本文化・記録映画作家たち」というテーマで特集をやっている。70年代以降に製作された記録映画55本を連続して見ていこうというものだ。
きょうの7時からは野田真吉さんという映画作家の作品を上演するんだけど、見たいんだよね〜。
『日本ドキュメンタリー映画全史』(教養文庫)の著者でもあるんだよね〜。
見たい!けど、どうしても都合が悪いので、その代わり(にはならないんだけど)、僕的にはちょっぴり“貧乏ドキュメンタリー番組”な『銭形金太郎』をテレビで見まっす(笑)。
※「モンド」は、確定的に使われている言葉ではないので、人によってかなり語法・語意が変わると思います。ご了承ください。
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Posted by love40 at 16:27
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