2005年07月26日
ある女性の備忘録
何かを忘れてしまわないようにすることを「備忘」と言い、そのためのメモや覚え書きなどを「備忘録」と言う。
忙しい日々、諸事繁雑に囲まれ、僕たちは次々と用事を片づけなければならないのだけれど、すべてをしっかり覚えてこなすということはなかなかできない。そこで、重要な事柄に関してはスケジュール帳やカレンダーに記入したりして、備忘という手段をとる。
さほど重要でもない事柄の場合、わざわざスケジュール帳を開いて書き込むほどでもないとなれば、頭の隅っこに覚えておいて適宜に処理しようとする。
ところが、人間には「うっかり」ということがある。そこで、記憶に自信のない人は、何か簡単な備忘法で対処する。たとえば、指に輪ゴムをはめておいて目印にするなんてのがオーソドックスか。
しかし、あまり用件が多い時は困るだろう。指に巻いた何本もの輪ゴムの意味を、それぞれに「覚えて」おかなければならない。
僕は、スケジュール帳に記入するほどでもない用件の場合、紙きれにメモをして、それをポケットに入れておくという方法をとる。
ある時、『NHKスペシャル』を録画しようと思ったのだけれど、あまりにも忙しかったので、とりあえず紙きれに「NHK」の1文字「N」と書いておいた。ひとしきり忙しさが続いたのち、そのメモを見た。ちぎった紙になぐり書いたことが災いして、また紙の方向性を見定めなかったせいもあって、僕の目にはそのメモがいきなり「N」ではなく「Z」の文字に見えてしまったのだ。この“見えてしまった”という事実はとても恐ろしいことで、最初に「Z」と刷り込まれた僕の脳みそは、ほかの解釈へ思い至ろうということができない。「何だろう? どう見ても“2”には見えないし(←これくらいの解釈が精一杯)、やはり“Z”だよな。何だっけ、“Z”って……。“Z会”? ありえねーし……」
ということで、結局その日の『NHKスペシャル』は録り損ねてしまった。
携帯電話の音声メモに吹き込むということもやっていたことがあるけれど、その携帯を忘れてひどい目にあったことがあった。
そもそも「忘れない」ためのモノを「忘れない」というコトを忘れてしまうのは、人間としてナチュラルな現象なのだから、やはり、身から離れるモノに頼るのはキケンと言わざるをえない。
そこで、簡単で安全な備忘と言えば、“手にメモをする”という方法だろう。
手の甲に、用件をちょこちょこっと書いてしまう。たとえば、「2会」と書いて「2時から会議」という用件だったり、「田1返」で「田中に1万円返す」だったり……。“手の甲の備忘録”を活用している人はかなり多い。
手の甲は人に見えやすいので、手の平に書くという方法もないことはないけれど、つい忘れて手を洗ってしまい“記録喪失”してしまうことがある。
したがって、手の甲がベストなのである。
じつは、先日、そういうメモ入りの手の甲を目撃した。
場所は、地下鉄の中。僕はドア付近に立っていて、なにげに車内を見回していたら、やや離れた所、吊革につかまって本を読んでいるOL風女性の後ろ姿が目に入った。ロングヘアーのため顔は見えない。年齢は2〜30代か。吊革に伸びた手の甲に、何やらごちゃごちゃ書いてある。だけど読める距離ではない。
さっそく僕は、彼女の背後近くに移動する。しかし、あまり近づきすぎないようにする。痴漢と思われたくないからだ(←バカ〈笑〉)。接近すると、なぜかドキドキする。でも、痴漢がしたいわけではない(←書くな! 書くと逆にあやしいって!〈笑〉)。
僕は目を凝らす。親指の付け根あたりに小さな文字が並んでいる。3行の文字列になっていた。1行目は──
『ミカ キムラ ノリ』
人名のようだ。電話するリストか?
おそらく「ミカ」は友だちだろう。次の「キムラ」は、「ミカ」ほどには親しくないように思える。友だちではなくて仕事の関係者か? さらに「ノリ」は何か? 「海苔」もしくは「糊」の可能性はあるのか。それを買うつもりか。いや、「ミカ キムラ ノリ」の並びからして、人名と考えるのが穏当だろう。「ノリちゃん」ということで、やはり友だちなのだろうけれど、「ミカちゃん」ほどには好き(親しく)じゃないのかもしれない。なにしろ「キムラ」のあとに書いてるもんな。
さて、2行目は──
『イエ』
とだけ記されている。「家」のことか? だとしたら「実家」を意味している可能性が高い。親と同居していて、その「わが家」に電話しなければならない旨をメモするというのは、どうも考えにくい。きょう郷里の家に何か用事があって電話しなければならないので、忘れないようにするというのが自然だろう。
「家を探すために、不動産屋へ行かなければならない」ということも考えられなくもないが、もしこの女性がそのような意味で『イエ』と書いたのであったら、日常の記憶力がなさすぎだ。
そして最後、3行目は──
『○○ちゃん』
と書いてある。ん? 何だ、これは?
「○○ちゃん」って何なんだ? ここで突然クロスワードパズル? まさか!
電車は、夕方の帰宅ラッシュになりきる前の、まだのんびりとした気配を乗せて走っている。その中で、僕はひとり頭を悩ませる。「○○ちゃん」?
どうして、こんなヘンな書き方をしなければならないのだろう?
僕はうんうん考えて、ひとつの結論に達した。
「○○」と書くのは、そこに名前が書けないからだ。どうして? その名前を見られたくないからだ。誰に見られたくないのか? おそらく、近くにいる人間──つまり職場の人間に見られたくなかったのだ。
職場の人間に見られたくない「○○ちゃん」とは、当然ながら職場の人間なら誰もが知っている名前──人物だ。ということは、「○○ちゃん」とは同じ職場の人間である可能性がきわめて高い。
かりに「○○ちゃん」を「ケンちゃん」としよう。
彼女が手の甲にその名前を書く必要があったにもかかわらず、人の目(職場の目)を気づかった理由──それは、彼女がケンちゃんとひそかに付き合っているからだ、と僕は推測した。彼女とケンちゃんは社内恋愛しているか、もしくは不倫関係にある。
で、彼女は、今夕か今夜にケンちゃんに電話しなければならないのだ。……と、ここまで考えて、僕ははたと悩んでしまった。女性が、自分のカレシに電話することをメモして備忘するだろうか? ありえない! 愛する人のことを忘れるということが、どうしても考えにくい。
で、僕はさらにうんうん考え、そして「なるほど!」と思い当たった。
彼女には複数の“男”がいて、かつての流行語で言えば「アッシー」や「メッシー」がいて、それぞれ使い分けている。どうしても「本命」を中心に考えがちだけれども、それでは「アッシー」や「メッシー」をつなぎとめることはできない。そこで彼らに対するケアにも気を使う必要があるのだけれど、愛情があるわけではないので、どうしても彼らのこと──つまりケンちゃんのケアを「うっかり忘れて」しまう。
そこで、彼女は「頃合いを見ては連絡する」ように心がけ、その頃合いを感じると“手の甲の備忘録”に記す。そして、電話でラブコールのようなことをする。職場で直接ケンちゃんに甘い言葉をかけると、「じゃあ、今夜でもデートしようか」などと迫られてウザったいので、あえて距離を置いてからコールする……。
なるほど、この女、なかなかやるわい。と、僕は勝手に感心しながら、彼女の手の甲の『○○ちゃん』を見おさめて、その電車を降りたのだった。
【追記】『○○ちゃん』の謎。ほかにどんな推理があるだろう?
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Posted by love40 at 06:57
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この記事へのコメント
爆笑。
手に書いてる人、たまにいらっしゃいますけど
人の名前は滅多にいないですよね!
”山田優チャン”に引き続き、すごく気になる。。。
手に書いてる人、たまにいらっしゃいますけど
人の名前は滅多にいないですよね!
”山田優チャン”に引き続き、すごく気になる。。。
Posted by
mihoris
at 2005年07月31日 20:15
●●●mihorisさんへ●●●
>手に書いてる人、たまにいらっしゃいますけど、人の名前は滅多にいないですよね!
この人の場合、ケータイのメモ機能とかをもっと活用したほうがいいですよね。そんなに手の甲を汚すのなら(苦笑)
>手に書いてる人、たまにいらっしゃいますけど、人の名前は滅多にいないですよね!
この人の場合、ケータイのメモ機能とかをもっと活用したほうがいいですよね。そんなに手の甲を汚すのなら(苦笑)
Posted by
オヤジライター
at 2005年08月01日 00:24




