2005年07月26日

ザ・モスト・インプレッシブ・ライアー

今まででいちばん忘れられないエイプリルフールと言うと、僕がまだ広告制作プロダクションに勤めていた頃に出くわした、あの「ウソ」だろう。

そのプロダクションは、デザイナーやコピーライターなどのクリエイターが20数人、事務職が数人という構成だった。
社長はもともと小さな印刷会社を経営していたのだけれど、「これからはクリエイティブの時代だ」ということで、制作プロダクションをおこしたのだそうだ。商売の腕は確かだったようで、会社は順調に伸びていたのだけれど、現場レベルでは不信感がつのっていて「あの社長、ほんとに広告わかってんの?」という声がうずまいていた。見た目も零細企業の貧乏社長という感じで、クリエイターたちからは評判がよろしくなかった。

そのような事情で、社長と社員たちはいつもギクシャクギクシャクしていた。
そして、ある年の4月1日がやってきた。

この会社の出社時刻は10時なのだけれど、社長はいつも9時前には出社していた。そして9時半頃からは事務職が現れ、クリエイターたちは10時ギリギリもしくは遅刻してやってきていた。
その4月1日も、社長はいつものように一番乗りでビルの入口の鍵を開けると、2階の社長室へ上がった。そして、いつものように自分で茶をいれ、新聞を読み始めた。
それから15分ほど経ち、経理課長が出社したのだけれど、彼はビルの前で立ち往生していた。入口の扉には一枚の紙が貼ってあり、ワープロ文字でこう記されてあった。

『当ビル、ガス施設にトラブルあり。社員の入館を禁ず。喫茶店○○にて待機のこと』

経理課長は仕方なく喫茶店○○へ行った。すると、喫茶店のウエイトレスが「アド○○○○の方ですよね?」と尋ねる。彼がうなずくと、ウエイトレスが「お代は会社のほうで支払われるとのことです」と言う。待機命令なんだからコーヒー代を会社で持つのは当たり前だろう、などと思いながら彼は注文した。

9時40分を回った頃から社員がぞろぞろ入ってきた。「タダ」と聞いてモーニングを注文する者や、チョコレートパフェを注文する者まで現れ、店の中は大混乱。テーブル席もカウンター席も当社社員でいっぱい。そこへ、誰かが新入社員を連れて入ってくる。「ついでだから新人歓迎会をやっちゃおうよ!」ということで、みんなが拍手した。
と、その時、喫茶店のドアが勢いよく開き、そこに社長が顔をこわばらせて立っていた。社長のただならぬ雰囲気に、みんないっせいに静まり返った。
社長の手には貼り紙が握られていて、それを高らかに掲げると声を張り上げた。

「誰だ!こんなロクでもないイタズラをするのは!!!」

社長はさらに貼り紙の裏をみんなに見せた。そこには『本日エイプリルフールにつき』と書かれてある。社長のただならぬ怒気に、誰も口がきけない。社長は「早く仕事をしろ!」と怒鳴るなり店を出ていってしまった。会社持ちだったはずの飲食代は、いちばん上のディレクターが自腹を切ってくれた。

さて、それから1カ月ほど“犯人さがし”が続いたのだけれど、まったく見つからなかった。誰が喫茶店に「飲食代は会社持ち」と電話したのかもわからなかった……
そして、その話題もいつしか飽きられ、忘れ去られていった……

それから10年ほどが過ぎ、僕は広告代理店で仕事をするようになっていたある日、その社長とばったり会い、酒を飲むことになった。
昔話に花が咲き、いつしかあの“エイプリルフール事件”の話になっていた。僕が「誰が犯人だったんでしょうねえ」と言うと、社長は涼しい顔で「あれは私だ。私が仕組んだ」と答えるではないか! 「ええええええ!」と驚く僕を、面白そうに眺めながら社長が言った──

「このことは誰にも言うなよ。きょうみたいに、昔の社員に会うたびに、一人ひとり驚かしてるんだから」

ただの貧乏くさいオヤジだと思っていたのに……。参りました!


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