2005年07月26日
ゴッホの絵〜花を見るか、枝を見るか〜

▲フィンセント・ファン・ゴッホ 『花咲くアーモンドの枝』(1890年)
浮世絵に魅了され日本に行きたいとまで思っていたゴッホの作品から、“日本の香り”を嗅ぎ取ったとしてもそれはごく自然のことで、『花咲くアーモンドの枝』もそのひとつとして僕は興味をもっている。
この絵は、最愛の弟テオに子供が産まれたことを祝し、ゴッホが喜びを込めて描いたものだ。
僕はこの絵を見るたびに、花の可憐さには心が向かず、枝の躍動にばかり目が行ってしまう。
枝の躍動──つまり日本人はそれを「枝ぶり」と言っているわけで──そのフォルムの扱い方に、ゴッホの並々ならぬ気配りが感じられる。
バラ科・サクラ属・落葉小高木のアーモンドは、どちらかと言えばサクラのような咲き誇りを見せ、賑わいのある木なのだそうで、それに比べ、このゴッホのアーモンドはむしろ梅の花のような閑寂さにとどめられている。
また、画面手前に横の枝を強調することによって、いかにも斜幹樹(しゃかんじゅ:幹がぐいっと斜めに伸びている木)のような印象を与えている。これは、日本画によく出てくる梅や松の、ほぼ水平方向の“枝ぶり”を連想させる。
テオ・ファン・ゴッホのひ孫、フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホ(ファンゴッホ協会会長)の証言によると、『花咲くアーモンドの枝』は「私たち家族がいちばん好きな絵で、ゴッホ家のシンボルであり歴史そのもの」なのだそうだ。
激しい作品が多いゴッホにあって、この作品には、彼の心の平静──言わせてもらうならば“わび・さび”にさえ近い境地を感じてしまう。
花を見るか、枝を見るか。この絵には、そんな秘められたメッセージがあるような気がする。
『花咲くアーモンドの枝』を描いて約半年後、パリ郊外のオーベール村でゴッホは自死する。
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Posted by love40 at 11:35
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