2005年07月26日

謎のピアニスト「ピアノマン」で思い出したこと


世界じゅうを騒がせている、英国の“ピアノマン事件”のゆくえを見守りながら、僕は、僕の身近でもこのような事件がかつて起こりかけた(?)ことを思い出した。
前もって申し上げておくと、この話はじつにくだらない内容なので、先を急ぐ方は、ただちにほかの記事へ移行されたほうがいいかもしれない(笑)。

ほんとに他愛もない話なのだ。
今から30年も前のことだ。僕の友人Aは、夏休みもそろそろ終わろうとするその日、東京近郊のある寺の墓地修復工事のバイトに汗を流していた。
仕事が終わると、ほかの職人たちとはその場で別れ、こっそり墓地に引き返した。そして、そこに供えてあったワンカップ酒をくすね、グイッと飲み干し、蒸し暑さから逃げるように境内の涼しい物陰に隠れると、すぐさま眠り込んでしまった。

友だちの話によると、学生にはつらすぎる肉体労働が数日続き、とにかく疲労困憊。あの時は一刻も早く体を伸ばして眠りたかったそうだ。酒は寝酒ということになろうか。

完全に眠り込んでしまった彼は、深夜近くになってようやく犬の遠吠えと身の寒さで目を覚ますと、あわてて最寄りの駅へ駆け込んだ。かろうじて終電に間に合った。
車中、冷えきった体がほぐれてくると、シートのやわらかさもあってふたたび疲れが噴き出し、またもや爆睡。結局寝過ごして、とんでもなく方向違いの終着駅で駅員に起こされた。

深夜のその駅で放り出されると、もう手の打ちようがなかった。歩ける距離ではないし、歩こうという気力もない。タクシーなんてとんでもない。せっかくのバイト代が吹っ飛んでしまう。かといって、その場で野宿するのもイヤだ。
どうしても帰りたいと思った。
そこで彼は駅周辺を物色した。自転車が路上に落ちていないだろうか、落ちていたら拾おうか、と。(←違うぞ、それは〈笑〉) で、運良く路肩に落ちていた、と彼は思った。(←違う、違う〈笑〉)
鍵は壊れていた。と、彼は言う。(←これも違う〈笑〉)

乗った。
走った。
そして、すぐに捕まった。
警官2人に前方をさえぎられた。
その瞬間、彼の脳のスクリーンに、仏様の酒を盗み飲みしている自分の姿がフラッシュバックした。
バチが当たった!と思った。
これはきっとマガマガしい事態になると思わずにはいられなかった。
自分の名前が新聞に出るのでないかという、大げさで突飛な思いに襲われた。
「名前を言っちゃいけない! 言うと大変なことになる!」
その誇大な恐怖心が、彼に思いもよらぬアイデアを思いつかせた。

そうだ、記憶喪失になろう! それしかない!

自転車の脇に棒立ちになっている彼は、2人の警官の質問に、思いっきりうつろな目をして「ここ〜〜、どこですか〜〜。わかりません〜〜、自分〜〜」と記憶喪失を装ったのだ。
あの“若人あきら(改め我修院達也)記憶喪失事件”より、はるか昔の話だ。
その場で解決不能と判断した警官たちは、彼を駅前の交番に同行。

交番内で彼は改めて職質を受けるのだけれど、意味不明なことを口走ることに徹する。(この時点になると、こんなことをやっていても自分の窮地は打開できない、ということに気づき始めるのだけれど、彼としてはもう突っ走るしかない)
彼はそれまで「誰〜〜。何〜〜。どこ〜〜」みたいなことを繰り返していたのだけれど、作戦を変更してぷっつり黙りこくることにした。何も喋らず視線の定まらない彼に対し、打つ手が見つからないのか、2人の警察官は質問をやめると互いの耳元にひそひそ話をするようになった。

しばらくすると、ひとりの警察官が言った。
「何かの病気かもしれないから、我々で処理するような問題ではないようだ。とにかく医者に来てもらったほうがいいな」
警官ではなく医者なら逃げ出す隙があるかもしれないと思ったAは、ややほっとした。

医者を提案した警官が、「病院の電話番号は……」とつぶやきながらノートをめくる。
ちょっと、空気がやわらぐ。
その時、もう1人の警官が微笑みながらAに向かって、まるで友だちにでも話しかけるように親しげに言った。
「あ、ところで、知ってる? きょうさあ、王さんがついにホームランの世界記録だよ!」
「え! とうとう打ったんですか!」
と答えたのが、記憶喪失のはずのAだった。
昭和52年9月3日(正確には4日未明)の出来事だった。

その後彼は、自転車盗難に関して所定の処理をされはしたけれど、それ以上の詐病行為(?)等に関しては咎められなかった。
その2人の警官は、彼をまんまとハメたことにえらく満足していたようでもあったし、彼の、その後の素直さを認めて酌量してくれたようでもあった、らしい。

何と言っても、その警官2人が大の巨人ファンで、王貞治によるホームラン756号世界新記録達成の夜を、なるべく気持ちよく過ごしたいという気持ちも働いたようだ。

かくして友人Aは、その夜交番の片隅で仮眠を許され、数時間後の始発電車で家路についたのだった。

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