2005年07月26日

わが家の『ちびくろ・さんぼ』物語


ちびくろ・さんぼ
先日、荒井良二さんという絵本画家が、日本人で初めてアストリッド・リンドグレーン記念文学賞を受賞したことを書いた。
その際、僕は「たまには絵本でも読んでみようかな」と思い立ち、押し入れの奥の奥から段ボール箱を引っぱり出し、その段ボール箱の底の底から、かつて娘が愛用した絵本をいくつか発掘した。

『ぐりとぐら』(中川李枝子/大村百合子)、『100万回生きたねこ』(佐野洋子)、『ごんぎつね』(新美南吉・作/黒井健・絵 )……などなど、娘の成長に応じて活躍してくれた絵本たち。
その一冊一冊が、「やあ、久しぶり!」と話しかけてくるような、親しみと懐かしさに包まれて僕の目の前に現れた。中でも、僕たち夫婦が特に忘れられない一冊が『ちびくろ・さんぼ』だ。

『ちびくろ・さんぼ』は、1953年に岩波版が出版されて以来、愛読者が絶えることなくロングセラーを誇ってきた。ところが、「アメリカでは“さんぼ”は黒人への差別用語」との指摘を受け、岩波版は88年に絶版となった。さらに90年代にかけて他の出版社も『ちびくろ・さんぼ』を絶版とした、といういきさつがある。

さて、僕の娘は89年生まれであるから、当時、本屋さんはもとより図書館にも岩波版『ちびくろ・さんぼ』はないという時代にあった。
このことを悲しんだのが妻だった。妻も『ちびくろ・さんぼ』に育てられたひとりで、あのバターになってしまうトラたちの場面に目を輝かせて成長していったのだ。「できたら、あの本を娘に読んであげたい」妻はそう言うのだった。

ある日、とびきりの笑顔で妻が家に帰ってきた。手には岩波版『ちびくろ・さんぼ』。見ると、それは新宿区立中央図書館の所有印が押されていて、さらにその印の上に「廃棄」という2文字が押印されている。
じつは、廃棄されたその本を友だちが手に入れ、それを借りてきたのだ。そして妻は「絵本は、何度も何度も子供に読んであげるものだから、ぜひこれと同じものを作って、わが家に『ちびくろ・さんぼ』を置きたい」と言う。僕も賛成だった。

当時はまだカラーコピー機など普及していない時代だったので、いろいろ考えたすえに、表紙は黄色い厚紙に(黒で)コピーをし、中ページは白い紙にコピーをし、トラやバターを黄色く塗ったりした。また第2話では、ちびくろ・さんぼの弟たち“ちびくろ・うーふ”の赤い帯、“ちびくろ・むーふ”の青い帯を、それぞれの色で塗り分けたりした(でないと、うーふもむーふも一緒になってしまうから)。

上の写真は、左が黄色い紙で作った表紙部分、右が表紙をめくった最初のページ部分。写真が鮮明でないのでわかりにくいのだけれど、右の写真の左下に「廃棄」印が押されている。
この本自体は、岩波85年版で、86年に図書として購入され、その後(おそらく88年に)廃棄されたものと思われる。それを90年代前半に、僕たち夫婦がコピーしたわけだ。

僕たち夫婦は、この本を娘に読み聞かせながら「“発禁本”を娘にあてがうワル夫婦」などと言って、苦笑していた。

今年4月、この岩波版『ちびくろ・さんぼ』が、約20年ぶりに瑞雲舎から、ほとんど内容を変えずに復刊された。読者からは、おおむね好評を博しているようだ。
瑞雲舎の井上富雄社長は「創作の経緯などを調べて差別性はないと判断した」として、9月にも続編を出版する予定らしい。また井上氏は「問題を考えるためにも、出版の自由において本は残すべきだ」としている。

とりあえずは、「おかえりなさい、ちびくろ・さんぼ」と僕は言いたい。


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