2005年07月26日

F氏の独り言


僕の仕事仲間でグラフィックデザイナーのF氏は、独り言のヘビーユーザー(笑)だ。

とは言っても、一日じゅう独り言が口からこぼれているわけではなく、彼が“独り言の人”と化すのは決まってMacの前に座った時、つまりデザインの仕事をしている時、しかも仕事がデッドヒートする夜中……“丑三つ時(うしみつどき)”あたりがいちばんヤバイ。

丑三つ時とは、午前2時半頃のこと。その頃になると、たいていの場合、仕事は詰めの段階に入っていて神経をフル回転しなければならないのだけれど、そんなことはお構いなしにドロドロとした睡魔がしつように襲ってくる。F氏の脳内では緊張と弛緩、覚醒と鈍麻がもつれ合い、神経はのたうち回り、もはや理性による自己抑制が効かなくなってくる。すると彼の、それまで凛々しかった口もとがタランとゆるみ、まるで腹話術の人形のようにパクパクと開閉し始める。

(Macに向かっての)グラフィックデザイナーの仕事を簡単に説明すると、写真やイラストなどの画像素材や、キャッチコピーやボディコピーなどのテキスト素材を、Mac上で組み合わせて(レイアウト)、雑誌広告やらポスターやらを仕上げていく。基本的には、年賀状をパソコンで作るのと同じ要領だけれど、プロの場合は高度なオペレーションが要求される。

さて、F氏の独り言には際立った特徴があって、彼は写真やコピーなどの素材ひとつひとつを、それぞれ「このコ」と呼ぶ。したがって、僕の書いたキャッチコピーが「このコ」なら、ボディコピーも「このコ」、商品写真も「このコ」、イラストも「このコ」なのだ。これは、彼の究極の“デザイン愛”が、素材個々に向けられた結果なのだと思われる。
たとえば、デザインをしていて、最初はキャッチコピーを右上にタテ組みで大きく配置していたところ、どうも気にくわないとなると、彼はデザインを変え始め、それと同時に“独り言”が始まる──

「このコは……、こんなに大きくちゃあいけなくて……、もっと、ちっこく、ちっこくして……、そのかわり、もっと真ん中にズズズズズイーーーーと来たりなんかして……、ついでに……、コトンと横にすると……、意外と存在感があって……、へっへっへ、これで良し、と」

真夜中、シーーーーンと静まり返った仕事場で、僕と彼は互いに背を向けた形で座っている。僕の背後で、ブツブツ、ブツブツと彼の独り言が漂う。マジ相当に気持ちが悪い。長い付き合いなのだけれど、いっこうに慣れない(汗)。

F氏がデザインを全面的に見直している時など、彼の手元でいったい何がおっぱじまったのか、わからなくなる──

「このコは、こっち。このコは、ここ、と……。このコは、もっとコントラストを上げないと……、だと、このコが死んじゃうから、このコはもっと大きく……、あああ、ダメか、このコとこのコは一緒にすると、ほら、キミら、仲が悪いねえ。そうか、このコはあっちだ! どうよ、バッチリじゃないか、へっへっへ……、へっへっへ……、」

これまでにも何回か、彼に注意したことがある。
「夜中の独り言は、怖いし、気持ち悪いから、やめてよ」
そのたびに彼は、スッキリと澄みきったまなざしを僕に向け、言うのだ。
「誓ってもいいけど、オレは独り言など、ぜーーーーーーーったいに言ってないからね!」

F氏、もうすぐ50歳。たぶん、独り言は一生なおらないだろう(苦笑)。

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