2005年07月26日
父の超能力
6月の第3日曜日は、父の日だ。
僕の父は去年他界しているので、面と向かって何かしてあげるということはもうできない。
できないとなると、不思議なもので何かしてあげたくなる。
すると言っても……。書棚に飾った遺影のほこりを払ってあげるくらいしかできないのだけれど、その額の中の父の顔に指が触れるたびに、「オレって、オヤジとあまり話さなかったなあ」などと思い出してしまう。
けっして僕と父の仲が悪かったわけではなく、ただ単に父が口数の少ない人だったからだ。それに、家にいるときはたいてい図面をじっと見つめている人で、子供が割り入る隙がなかった。父は電気系の技師だった。
僕は僕で、ひとりっ子にありがちな、犬や小鳥や熱帯魚が友だちという子供で、それはそれなりに、内省的な技師の父と内向的な動物好きの息子は、まあ、双方困ることもなく、付かず離れず暮らしていたと言うべきか。
口べたな父が、時として言葉を使わずに愛情表現を示すことがあった。それが、みやげだ。僕が日ごろ母にねだっているものを、不意に買って帰ってくるのだ。
幼いときの最大のプレゼントは、荷台つき三輪車。小学校低学年の時の忘れえぬプレゼントは、ブリキ製の大型鉄腕アトム。3年生の時は、当時としては超高級品だったはずの子供用エレキギター。さらに4年生で、釣り道具一式、などなど……。
子供を私立の小学校に通わせていた我が家は、プレゼントからも察せられるように、まずまず裕福な暮らしをしていた。ところが、ある日突然、それが壊れた。
父の事業が行き詰まり、貧しさの中へ急降下していった。それが5年生の頃。さすがに子供の僕でも、家の中の異変に気づく。僕の口から欲しいものが出なくなった。母が聞いても「特にない」と答えるようになった。
でも、本当はあった。顕微鏡や、大型帆船のプラモデルや、本革のグローブが………。でも、いっさい口にしなかった。
ところが、貧しいながらも父は今までと同じように、不意にプレゼントを買ってきた。しかも、それは……
顕微鏡………、大型帆船のプラモデル………、本革のグローブ………!?
いったいこれは、どういうことだ!?
小学生とはいえ6年生ともなれば、このありえない出来事に真剣に驚く。母にも父にも言っていない欲しいものを、なぜ父は知り得たのか? まったく偶然なのか? いやいや、それはどう考えてもおかしい。偶然が多すぎる。これは、何かもっと不思議な力が働いたのではないか、と僕は思った。
直接父に聞いてみようとも考えたのだけれど、それはできなかった。なぜなら、プレゼントに関して聞くということは、貧しくなりつつある我が家の急所を突っつくような気もしたし、また家の長たる父の気持ちを傷つけることになるかもしれない……と、漠然とではあるけれど、子供心にも僕は恐れた。
父はなぜ、僕の心の中を知り得たのだろうか?
結局、父には何も聞けぬまま、謎も解けぬまま、中学校へと進んだ。私立から公立へと変わり、暮らしはさらに困窮し、その頃になると父のみやげもなくなった。
したがって、父の“超能力”も発揮されることはなくなった……
じつは最近まで、この一連の出来事をまるごと忘れていた。
なぜ父は、僕の欲しいものを買うことができたのか。
僕はけっして父にも母にも言っていないのに。
なぜ……
それらすべて──その出来事も、その疑問も、その真相も、封じたまま忘れていたのだ。
すべてを忘れていたのだ。
もしかすると、あの頃の貧しさを思い出したくなかったのかもしれない。
ところが、つい最近、あることから父の“超能力”に思い当たる出来事が起こった。
それは、床屋での出来事。
数年前まではちょっとオシャレな美容室でカットしていた僕も、すっかりものぐさになってしまい、最近では近所のフツーの床屋で済ますようになった。すると、そこには地元のお年寄りから子供までさまざまな客がやってくる。
ある日曜日、僕が順番を待ちながらマンガを読んでいると、ちょうど散髪中の小学生が、店主と親しげに話していた。
地元の子供で顔なじみなのだろう。学校のことを親しげに話している。6年生にもなって、ランドセルなんて格好悪くて背負ってられないと、その子は不満をこぼしている。
店主は子供の扱いに慣れていて、子供の機嫌が悪くなり始めると、別の話題に移る。その子の名前は「シマくん」という。
「ところで、シマくんは、何になりたいの?」と店主。子供はふくれっ面になって「わかんない。前はサッカー選手だったけど、いまはわかんない」と言って、頭を横に振ろうとする。店主はあわてて小さな頭を制し「そうか、そうか。じゃあ、シマくんは、何が好きなの?」と聞く。子供はやわらいだ表情で答える「ラジコンカー。今度、欲しいのは、田宮の……」
と、そこまで彼らの話に耳を傾けていた僕は、「あっ!」と声を発しそうになった。
今まですっかり忘れていたことを思い出したのだ。子供の時にイヤイヤ通っていた床屋。そこで僕は店主になだめられるようにしながら散髪に応じていた。近所のガキたちの短髪と違って、髪を横わけにしていた僕は、私立学校に通っていたこともあって、その店ではいわば王子さまのように扱われていた。
けれども小学校5年になった“王子さま”は、すでに貧窮の一途をたどっていた。ところが、そんなこととは知らない床屋の店主は、何やかやと尋ねてくる。「この前はエレキギターを買ってもらったって言ってたけど、今度は何を買ってもらったの?」とか「お金に困らないから、いろいろ買ってもらっていいよね。今は何が欲しいの?」といった具合に。
それら卑しげな質問に、僕は情けない気持ちになりながらも「顕微鏡です」とか「グローブ……。ビニールのオモチャじゃなくて、本革の」と精一杯の見栄を張って答えていた。
その床屋に、父も通っていたのだ!
僕は日曜日に。父は平日の夕方に。
たぶん、そこで父は、その店主から、息子の見栄とも夢ともつかない話をまた聞きしていたに違いない。そして……
でも、今となっては確認のしようがない。
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Posted by love40 at 20:47
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