2005年07月28日
ラブ・フォーティ 第55話 〜カントリー〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第54話より続く
新田が食品研究部へ身を置いてから1カ月がたっていた。
すべてに慣れると、すべてが退屈に思えた。日下部律子には申し訳ないと思ったが、それが新田の偽らざる気持ちだった。事務処理だけの毎日は、営業部とあまりにも違いすぎた。
毎日の早い帰宅にも飽きていた。晴美と理沙は一家団らんを喜んでいるようだが、新田にはただのくり返しのように思え始めた。イヤではなかったが物足りなかった。
そんなある日、新田は藤永から、安斎の昇進の噂を突然聞かされた。その噂話は、春日の社長就任スケジュールとワンセットになって、安斎営業部次長40歳を大抜擢するというものだった。新田は、この日が来ることを覚悟してはいたものの、まさかこんなに早く事が進行しているとは思っていなかった。それだけに衝撃は大きかった。同じ歳なのに、安斎は営業部次長、自分のほうはいわば庶務の課長補佐待遇というところか……。新田は底知れぬ焦燥にのみこまれていった。
その日の夕方、新田はとにかく飲みたかった。ほぼひと月ぶりで、ひとり新宿の夜に出てみた。街を歩き始めると、漠然とした不安に包まれた。理由はすぐにわかった。行く当てがなかったのだ。
なじみの店となると、接待がらみで使っていた店か、あるいは多喜食の誰かが行きつけにしている店だった。どちらも気が進まなかった。それらの店の前をことごとく素通りすると、新宿の街から放り出されるように、新田は薄暗く人気のない道を歩いていた。
旧職安通りを越え大久保界隈に差しかかったところで、背後から片言の日本語が追ってきた。南米系の女だった。肉づきのいい体を、赤くて細いワンピースに無理やり押し込み、くすんだ笑いを褐色の顔に漂わせながら近づいてきた。年令は18歳くらいだろうと新田は思った。女は酒焼けしたようなかすれた声で「アソブ?」と誘ってきた。新田はあまり考えもせずに「オーケー」と答え、続けて「アイ・ペイ・マネー。バット・ノー・セックス」と言った。女は足を止め、新田をいぶかしげに見た。顔をわずかにゆがめ「オキャクサン、ヘンタイ?」と聞いた。
新田は噴きだした。
「ノー、ノー。アイ・ウォント・オンリー・ドリンク・ウィズ・ユー。ハウ・マッチ?」
「イチジカン、ニマンエン。オーケー?」
女はまず人さし指を1本立て、次いで中指を加えて2本を示した。
1時間2万円はたぶんぼられてるな、と新田は思ったが構わなかった。いっしょに飲んでくれる相手が欲しかったのだ。
女は「エレナ」と名乗った。
少し歩くと屋台があった。
この蒸し暑い夜に屋台はつらいが、時間がもったいないし、熱い国で美女と飲んでいると思えば我慢できると思った。
のれんを払い椅子に腰かけると、エレナは屋台によく来ていることがわかった。彼女は屋台の親父と親しそうに挨拶を交わしたが、席に落ちつくと、それ以上お互いに話す気配は見せなかった。それが互いの職分とわきまえているのだろうと新田は思った。
エレナはおでんをぱくついた。ビールはなめる程度だった。
新田はほとんど喋ることもなくビールをたて続けに飲みほした。珍しく酔いが回るのが早かった。ビールはぬるかったが、とてもうまく感じた。
「ユア・カントリー?」
「チリ」
「チリか、細長い国だな」
うなずいて新田はふたたび黙ってビールを飲んだ。
エレナは腹が満ちてくると、新田のことが気になりだした。少しは喋ってサービスしなければいけないと思った。ホテルのような密室にいるわけではないし、ここはよく知っている屋台だから、ことさら警戒する必要もなかった。肩からたすき掛けにしたショルダーバッグの口を開き、手帳のようなものを取りだした。ちょうど真ん中に写真が挟んであった。それを新田に手渡した。
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第54話より続く
新田が食品研究部へ身を置いてから1カ月がたっていた。
すべてに慣れると、すべてが退屈に思えた。日下部律子には申し訳ないと思ったが、それが新田の偽らざる気持ちだった。事務処理だけの毎日は、営業部とあまりにも違いすぎた。
毎日の早い帰宅にも飽きていた。晴美と理沙は一家団らんを喜んでいるようだが、新田にはただのくり返しのように思え始めた。イヤではなかったが物足りなかった。
そんなある日、新田は藤永から、安斎の昇進の噂を突然聞かされた。その噂話は、春日の社長就任スケジュールとワンセットになって、安斎営業部次長40歳を大抜擢するというものだった。新田は、この日が来ることを覚悟してはいたものの、まさかこんなに早く事が進行しているとは思っていなかった。それだけに衝撃は大きかった。同じ歳なのに、安斎は営業部次長、自分のほうはいわば庶務の課長補佐待遇というところか……。新田は底知れぬ焦燥にのみこまれていった。
その日の夕方、新田はとにかく飲みたかった。ほぼひと月ぶりで、ひとり新宿の夜に出てみた。街を歩き始めると、漠然とした不安に包まれた。理由はすぐにわかった。行く当てがなかったのだ。
なじみの店となると、接待がらみで使っていた店か、あるいは多喜食の誰かが行きつけにしている店だった。どちらも気が進まなかった。それらの店の前をことごとく素通りすると、新宿の街から放り出されるように、新田は薄暗く人気のない道を歩いていた。
旧職安通りを越え大久保界隈に差しかかったところで、背後から片言の日本語が追ってきた。南米系の女だった。肉づきのいい体を、赤くて細いワンピースに無理やり押し込み、くすんだ笑いを褐色の顔に漂わせながら近づいてきた。年令は18歳くらいだろうと新田は思った。女は酒焼けしたようなかすれた声で「アソブ?」と誘ってきた。新田はあまり考えもせずに「オーケー」と答え、続けて「アイ・ペイ・マネー。バット・ノー・セックス」と言った。女は足を止め、新田をいぶかしげに見た。顔をわずかにゆがめ「オキャクサン、ヘンタイ?」と聞いた。
新田は噴きだした。
「ノー、ノー。アイ・ウォント・オンリー・ドリンク・ウィズ・ユー。ハウ・マッチ?」
「イチジカン、ニマンエン。オーケー?」
女はまず人さし指を1本立て、次いで中指を加えて2本を示した。
1時間2万円はたぶんぼられてるな、と新田は思ったが構わなかった。いっしょに飲んでくれる相手が欲しかったのだ。
女は「エレナ」と名乗った。
少し歩くと屋台があった。
この蒸し暑い夜に屋台はつらいが、時間がもったいないし、熱い国で美女と飲んでいると思えば我慢できると思った。
のれんを払い椅子に腰かけると、エレナは屋台によく来ていることがわかった。彼女は屋台の親父と親しそうに挨拶を交わしたが、席に落ちつくと、それ以上お互いに話す気配は見せなかった。それが互いの職分とわきまえているのだろうと新田は思った。
エレナはおでんをぱくついた。ビールはなめる程度だった。
新田はほとんど喋ることもなくビールをたて続けに飲みほした。珍しく酔いが回るのが早かった。ビールはぬるかったが、とてもうまく感じた。
「ユア・カントリー?」
「チリ」
「チリか、細長い国だな」
うなずいて新田はふたたび黙ってビールを飲んだ。
エレナは腹が満ちてくると、新田のことが気になりだした。少しは喋ってサービスしなければいけないと思った。ホテルのような密室にいるわけではないし、ここはよく知っている屋台だから、ことさら警戒する必要もなかった。肩からたすき掛けにしたショルダーバッグの口を開き、手帳のようなものを取りだした。ちょうど真ん中に写真が挟んであった。それを新田に手渡した。
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Posted by love40 at 08:02
│Comments(5)
この記事へのコメント
☆祝引越☆
涼しげなイメージ、しかも横幅が広がって読みやすくなりましたね。
ブログ引越って大変そう。らくらくパックなんてないでしょう?記事の日時設定など、手作業ですよね。
引越し蕎麦(今時こんな習慣ないかな?)配っている場合じゃないですね。ガンバ!!ついでに新田さんもファイト!!
涼しげなイメージ、しかも横幅が広がって読みやすくなりましたね。
ブログ引越って大変そう。らくらくパックなんてないでしょう?記事の日時設定など、手作業ですよね。
引越し蕎麦(今時こんな習慣ないかな?)配っている場合じゃないですね。ガンバ!!ついでに新田さんもファイト!!
Posted by
ままぷりん
at 2005年07月28日 09:57
移動しちゃったんですね、びっくりしました。
新田さんの今後が気になるのでこれからもがんばってください。新田さんは退屈してるみたいだけど、本人の知らないところでいろんなことが動き出してるみたいですね。奥さんの粘りには驚いたと言うか…わたしもだんなのためのあれくらいがんばれるかなぁ。
新田さんの今後が気になるのでこれからもがんばってください。新田さんは退屈してるみたいだけど、本人の知らないところでいろんなことが動き出してるみたいですね。奥さんの粘りには驚いたと言うか…わたしもだんなのためのあれくらいがんばれるかなぁ。
Posted by
かあちゃん
at 2005年07月28日 16:39
●●●ままぷりんさんへ(1)●●●
>☆祝引越☆
ありがとうございます!
>涼しげなイメージ、しかも横幅が広がって読みやすくなりましたね。
そう感じていただけると、とても嬉しいです。と言うのも、僕のブログは文字量がたいへん多いので、できる限り読みやすいほうがいいと前々から思っていました。そんなこともあって、少しでも快適に読んでいただける環境を求めて、引っ越しを決断しました。
事前に予告するべきかとも思ったのですが、それはそれで、いつも来てくださる方々に余計な心配をかけることになるのでないかと考え、控えました。とにかく引っ越し先(つまり、ここ)の読字環境を実際に見ていただいて、僕の思いを理解していただこうと思いました。
※文字数制限があるので(2)へ
>☆祝引越☆
ありがとうございます!
>涼しげなイメージ、しかも横幅が広がって読みやすくなりましたね。
そう感じていただけると、とても嬉しいです。と言うのも、僕のブログは文字量がたいへん多いので、できる限り読みやすいほうがいいと前々から思っていました。そんなこともあって、少しでも快適に読んでいただける環境を求めて、引っ越しを決断しました。
事前に予告するべきかとも思ったのですが、それはそれで、いつも来てくださる方々に余計な心配をかけることになるのでないかと考え、控えました。とにかく引っ越し先(つまり、ここ)の読字環境を実際に見ていただいて、僕の思いを理解していただこうと思いました。
※文字数制限があるので(2)へ
Posted by
オヤジライター
at 2005年07月28日 18:46
●●●ままぷりんさんへ(2)●●●
>記事の日時設定など、手作業ですよね。
すみません(汗)。過去ブログはどさっと一箇所に入れてしまいました。時間的に、今のところ、これが精一杯でした。
「らくらくパック」欲しいですねええ!(笑)
>引越し蕎麦(今時こんな習慣ないかな?)配っている場合じゃないですね。
蕎麦、好きなんですけどね・・・(苦笑)
>ガンバ!!ついでに新田さんもファイト!!
ままぷりんさん、あたたかいお言葉ありがとうございます。
これからも応援よろしくお願いします!
>記事の日時設定など、手作業ですよね。
すみません(汗)。過去ブログはどさっと一箇所に入れてしまいました。時間的に、今のところ、これが精一杯でした。
「らくらくパック」欲しいですねええ!(笑)
>引越し蕎麦(今時こんな習慣ないかな?)配っている場合じゃないですね。
蕎麦、好きなんですけどね・・・(苦笑)
>ガンバ!!ついでに新田さんもファイト!!
ままぷりんさん、あたたかいお言葉ありがとうございます。
これからも応援よろしくお願いします!
Posted by
オヤジライター
at 2005年07月28日 18:47
●●●かあちゃんさんへ●●●
>移動しちゃったんですね、びっくりしました。
突然で、本当に申し訳ございません。
ままぷりんさんへのコメント↑にも書いたのですが、僕のブログは文字量がたいへん多いので、できる限り読みやすいほうがいいと前々から思っていて、そんなこともあって、少しでも快適に読んでいただける環境を求めて、引っ越しをしました。
>奥さんの粘りには驚いたと言うか…わたしもだんなのためにあれくらいがんばれるかなぁ。
この『ラブ・フォーティ』が掲げている思い「助けてくれる人は、自分のすぐ近くにいる」は、言い換えると「すぐ近くの人が、いざという時には意外なほど力を出す」ということです。かあちゃんさんも、きっとそうですよ!
>移動しちゃったんですね、びっくりしました。
突然で、本当に申し訳ございません。
ままぷりんさんへのコメント↑にも書いたのですが、僕のブログは文字量がたいへん多いので、できる限り読みやすいほうがいいと前々から思っていて、そんなこともあって、少しでも快適に読んでいただける環境を求めて、引っ越しをしました。
>奥さんの粘りには驚いたと言うか…わたしもだんなのためにあれくらいがんばれるかなぁ。
この『ラブ・フォーティ』が掲げている思い「助けてくれる人は、自分のすぐ近くにいる」は、言い換えると「すぐ近くの人が、いざという時には意外なほど力を出す」ということです。かあちゃんさんも、きっとそうですよ!
Posted by
オヤジライター
at 2005年07月28日 19:02




