2005年07月29日
ラブ・フォーティ 第56話 〜ヒーロー〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第55話より続く
若い男が写っていた。細身の、いい男だった。20歳前後か。チリ人なのだろうか。黒い長髪を後頭部でくくっている。精悍な顔つきだが、目と口もとに傲慢さが漂っている。チリという国はけっして豊かな国ではないと聞いているが、この男は白いスーツをさっそうと着こなし、かなり裕福そうに見える。どこかの街角を歩いているようだ。チリかもしれないし、それ以外の国かもしれない。いわゆるスナップ写真だ。
エレナが赤い爪で男をさした。
「コイビト」
「へえ、ユア・ラバー?」
「イエス。マイ・ラバー。マイ・ヒーロー」
“マイ・ヒーロー”とはちょっと大げさだな、と新田は思った。向こうの女は恋人をそんなふうに呼ぶのだろうか。
新田が誉めた。
「ベリー・ハンサム」
「サンキュー」
「ヒズ・ネイム?」
「マルーセ」
「マルーセ……?」
「リホス」
「マルーセ・リホス?」
「イエス」
「ウェア・イズ・ヒー? イン・ジャパン?」
「ノー」
言いながらエレナは肩を揺らして笑った。白い歯が咲きみだれた。新田が「ホワイ・ドゥ・ユー・スマイル?」と聞いたが、彼女は笑うだけで答えなかった。結局、新田もなんとなく笑ってしまった。
1時間はあっというまに過ぎた。
新田は、屋台の主(あるじ)に勘定を願い出て、その間に1万円札を2枚そっとエレナの膝の上に置いた。あまりにもあっさりと退散を決めた新田に、エレナは拍子抜けした。
ふたりは屋台の前で別れた。
「ニッタサン、サヨナラ」
エレナが長い腕をしならせながら手を振った。
新田は歩きながら、振りかえり振りかえり手を振った。エレナもじっと立ち止まったまま手を振ってくれた。
新田が角を曲がりかけたとき、エレナが声を張りあげた。
「ニッタサーン、ガンバレーッ!」
新田は一瞬立ち止まり、さらに強く手を振って道を曲がった。
ガンバレー、か。
新田は笑った。エレナには、このニッポンのサラリーマンが元気ないように見えたのだろう。
ガンバレー、か。
地球の真裏から自分の体を売りに来た女には、営業部からほかの部へちょっと動かされただけでしょげている自分など、ひ弱で滑稽きわまりない男に見えるだろうな、と新田は思った。
新田は歩いた。途中でコンビニを見つけて日本酒を買った。ワンカップ酒を数本、通勤カバンに無理やり押し込んだ。すると、そのブランドもののカバンは無惨な形にゆがんでしまった。新田は力なく笑った。紙っぺらしか入れることのできないカバンを見て、まさにこれが自分だなと思った。
新田は歩きながら飲んだ。酔いは急ピッチに回っていった。
鼻歌が出た。
いい気分だった。
こんなにうまい酒は飲んだことがなかった。
新宿駅に向かって歩いた。
「ガンバレー」と時々つぶやいてみた。
ずいぶん遠回りしながら駅にたどり着いた。
電車に乗ったころにはすっかり酔いを深めていた。
もうちょっとガンバってみるか……。新田は吊革につかまり、ふらつく体で、そう思った。
続き(第57話)を読む
人気blogランキングに参加しています
第55話より続く
若い男が写っていた。細身の、いい男だった。20歳前後か。チリ人なのだろうか。黒い長髪を後頭部でくくっている。精悍な顔つきだが、目と口もとに傲慢さが漂っている。チリという国はけっして豊かな国ではないと聞いているが、この男は白いスーツをさっそうと着こなし、かなり裕福そうに見える。どこかの街角を歩いているようだ。チリかもしれないし、それ以外の国かもしれない。いわゆるスナップ写真だ。
エレナが赤い爪で男をさした。
「コイビト」
「へえ、ユア・ラバー?」
「イエス。マイ・ラバー。マイ・ヒーロー」
“マイ・ヒーロー”とはちょっと大げさだな、と新田は思った。向こうの女は恋人をそんなふうに呼ぶのだろうか。
新田が誉めた。
「ベリー・ハンサム」
「サンキュー」
「ヒズ・ネイム?」
「マルーセ」
「マルーセ……?」
「リホス」
「マルーセ・リホス?」
「イエス」
「ウェア・イズ・ヒー? イン・ジャパン?」
「ノー」
言いながらエレナは肩を揺らして笑った。白い歯が咲きみだれた。新田が「ホワイ・ドゥ・ユー・スマイル?」と聞いたが、彼女は笑うだけで答えなかった。結局、新田もなんとなく笑ってしまった。
1時間はあっというまに過ぎた。
新田は、屋台の主(あるじ)に勘定を願い出て、その間に1万円札を2枚そっとエレナの膝の上に置いた。あまりにもあっさりと退散を決めた新田に、エレナは拍子抜けした。
ふたりは屋台の前で別れた。
「ニッタサン、サヨナラ」
エレナが長い腕をしならせながら手を振った。
新田は歩きながら、振りかえり振りかえり手を振った。エレナもじっと立ち止まったまま手を振ってくれた。
新田が角を曲がりかけたとき、エレナが声を張りあげた。
「ニッタサーン、ガンバレーッ!」
新田は一瞬立ち止まり、さらに強く手を振って道を曲がった。
ガンバレー、か。
新田は笑った。エレナには、このニッポンのサラリーマンが元気ないように見えたのだろう。
ガンバレー、か。
地球の真裏から自分の体を売りに来た女には、営業部からほかの部へちょっと動かされただけでしょげている自分など、ひ弱で滑稽きわまりない男に見えるだろうな、と新田は思った。
新田は歩いた。途中でコンビニを見つけて日本酒を買った。ワンカップ酒を数本、通勤カバンに無理やり押し込んだ。すると、そのブランドもののカバンは無惨な形にゆがんでしまった。新田は力なく笑った。紙っぺらしか入れることのできないカバンを見て、まさにこれが自分だなと思った。
新田は歩きながら飲んだ。酔いは急ピッチに回っていった。
鼻歌が出た。
いい気分だった。
こんなにうまい酒は飲んだことがなかった。
新宿駅に向かって歩いた。
「ガンバレー」と時々つぶやいてみた。
ずいぶん遠回りしながら駅にたどり着いた。
電車に乗ったころにはすっかり酔いを深めていた。
もうちょっとガンバってみるか……。新田は吊革につかまり、ふらつく体で、そう思った。
続き(第57話)を読む
人気blogランキングに参加しています
Posted by love40 at 08:08
│Comments(2)
│TrackBack(0)
この記事へのトラックバックURL
http://app.blog.livedoor.jp/love40/tb.cgi/50046492
この記事へのコメント
TBありがとうございました。これからもがんばってください。期待してます。
Posted by TOMONORI2005
at 2005年07月29日 18:06
●●●TOMONORI2005さんへ●●●
>これからもがんばってください。期待してます。
ありがとうございます!
今後ともよろしくお願いします。
>これからもがんばってください。期待してます。
ありがとうございます!
今後ともよろしくお願いします。
Posted by
オヤジライター
at 2005年07月29日 22:16




