2005年08月05日
ラブ・フォーティ 第63話 〜シャンデリア〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第62話より続く
女は、新田のグラスに3杯目のビールをついでいるところだった。グラスを凝視し、ビールのつぎ方にはこだわりがあると言わんばかりの厳粛な手つきだった。シロウトとは違った、プロっぽい、限りなく無表情に近い真剣な顔つき。つぎおわると、女はそのままの無表情を新田に向けた。
「奥さんからは何も聞いていないの?」
「ええ、何も……」
「あら、そう」
言ったきり女は口をつぐみ、視線を自分の手もとに落とした。カウンターの陰にある流しで手を洗い、手の平に豆腐をのせると、包丁で切りわけ、半丁ぶんを小鉢に盛った。
「夏はやっぱり冷ややっこよね」
言いながら女は豆腐に薬味を彩りよくのせ、醤油とともにカウンターの上にのせた。
「はい、どうぞ」
「あ、どうも。あの……、ママは江戸っ子ですか?」
「いいえ。出身は名古屋よ。どうして?」
女は意外そうな顔をして新田を見つめた。
新田は照れくさそうに答えた。
「なんとなく、感じがさっぱりとしているから……」
「“さっぱり”? かもしれないわね」女は軽くほほえんだ。「塚越達江と申します。ここのお客さんは、私のことを“タツエ”と呼ぶことになっているの。“ママ”って呼ばれるのは苦手なんですよ」
「そうですか。あの……、ところで……、僕はここへいったい何をしに来たんでしょう? 教えていただけないでしょうか、タツエさん」
新田の声は柔らかく多少ユーモラスであった。
タツエは軽くうなずいた。新田の質問にすぐにでも答えそうな仕草だったが、口を開こうとはしなかった。タツエはおもむろに新しい煙草に火をつけると深く吸い込んだ。それからゆっくり煙を吐き出しながら、まるで焦らすように新田の表情をうかがった。
新田は待った。
タツエが口を開いた。
「ねえ、新田さん。私の顔を見て、何か気づかない?」
新田はタツエの顔を見つめた。とくに何か変わっているとは思えなかった。ずいぶん陽に焼けているが、もう夏なのだから海にでも行けばそうなるだろう。誰か知人に似ているというのでもなかった。第一印象どおり女傑という感じではあるが、ことさら特異なものとは思えなかった。
新田はいくぶん顔をしかめて言った。
「とくには……」
「何も気づかない?」
「ええ、とくに変わったことは……」
「まったく?」
「ええ、まあ……」
「あら、そう」
タツエの声がひどく沈みこんだ。
言葉が途切れた。
タツエはシャンデリアを見あげながら考えを巡らせた。
新田はこの沈黙をなんとか言葉で埋めようとしたが何も出てこなかった。
タツエが煙草を灰皿の中に押しつぶした。うつむき加減に咳払いをして、それから新田を見すえた。新田に言った。無気味なほど静かな、抑えた口調だった。
「新田さんには、ここまでご足労いただいてたいへん申し訳ないんだけど、きょうの用件はどうも白紙に戻したほうがいいようなの。訳もわからずにこんなこと言われるのは、きっと不愉快なことだと思うけれど……。でも、これは奥様も了解していることだから……。とにかく、きょうはお帰りになって、奥様にここでのことをお話になっていただけるかしら? そうしてくださいな」
続き(第64話)を読む
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第62話より続く
女は、新田のグラスに3杯目のビールをついでいるところだった。グラスを凝視し、ビールのつぎ方にはこだわりがあると言わんばかりの厳粛な手つきだった。シロウトとは違った、プロっぽい、限りなく無表情に近い真剣な顔つき。つぎおわると、女はそのままの無表情を新田に向けた。
「奥さんからは何も聞いていないの?」
「ええ、何も……」
「あら、そう」
言ったきり女は口をつぐみ、視線を自分の手もとに落とした。カウンターの陰にある流しで手を洗い、手の平に豆腐をのせると、包丁で切りわけ、半丁ぶんを小鉢に盛った。
「夏はやっぱり冷ややっこよね」
言いながら女は豆腐に薬味を彩りよくのせ、醤油とともにカウンターの上にのせた。
「はい、どうぞ」
「あ、どうも。あの……、ママは江戸っ子ですか?」
「いいえ。出身は名古屋よ。どうして?」
女は意外そうな顔をして新田を見つめた。
新田は照れくさそうに答えた。
「なんとなく、感じがさっぱりとしているから……」
「“さっぱり”? かもしれないわね」女は軽くほほえんだ。「塚越達江と申します。ここのお客さんは、私のことを“タツエ”と呼ぶことになっているの。“ママ”って呼ばれるのは苦手なんですよ」
「そうですか。あの……、ところで……、僕はここへいったい何をしに来たんでしょう? 教えていただけないでしょうか、タツエさん」
新田の声は柔らかく多少ユーモラスであった。
タツエは軽くうなずいた。新田の質問にすぐにでも答えそうな仕草だったが、口を開こうとはしなかった。タツエはおもむろに新しい煙草に火をつけると深く吸い込んだ。それからゆっくり煙を吐き出しながら、まるで焦らすように新田の表情をうかがった。
新田は待った。
タツエが口を開いた。
「ねえ、新田さん。私の顔を見て、何か気づかない?」
新田はタツエの顔を見つめた。とくに何か変わっているとは思えなかった。ずいぶん陽に焼けているが、もう夏なのだから海にでも行けばそうなるだろう。誰か知人に似ているというのでもなかった。第一印象どおり女傑という感じではあるが、ことさら特異なものとは思えなかった。
新田はいくぶん顔をしかめて言った。
「とくには……」
「何も気づかない?」
「ええ、とくに変わったことは……」
「まったく?」
「ええ、まあ……」
「あら、そう」
タツエの声がひどく沈みこんだ。
言葉が途切れた。
タツエはシャンデリアを見あげながら考えを巡らせた。
新田はこの沈黙をなんとか言葉で埋めようとしたが何も出てこなかった。
タツエが煙草を灰皿の中に押しつぶした。うつむき加減に咳払いをして、それから新田を見すえた。新田に言った。無気味なほど静かな、抑えた口調だった。
「新田さんには、ここまでご足労いただいてたいへん申し訳ないんだけど、きょうの用件はどうも白紙に戻したほうがいいようなの。訳もわからずにこんなこと言われるのは、きっと不愉快なことだと思うけれど……。でも、これは奥様も了解していることだから……。とにかく、きょうはお帰りになって、奥様にここでのことをお話になっていただけるかしら? そうしてくださいな」
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Posted by love40 at 07:53
│Comments(2)
この記事へのコメント
ご無沙汰です。
いつの間に引越しを??
アメーバブログの度重なるトラブルに嫌気がさした???
これから、たまってしまった小説読ませていただきます。
いつの間に引越しを??
アメーバブログの度重なるトラブルに嫌気がさした???
これから、たまってしまった小説読ませていただきます。
Posted by
gotohell
at 2005年08月05日 13:07
●●●gotohellさんへ●●●
>ご無沙汰です。
gotohellさん、お久しぶりです!
>いつの間に引越しを??
7月の末に引っ越しました。
>アメーバブログの度重なるトラブルに嫌気がさした???
いえいえ、そういうことではないんです。
もしよろしければ7月29日のブログ「このたびのブログ移転に関するごあいさつ」として、引っ越しの理由を書いていますので、よろしければご覧ください。なにとぞ、よろしくお願いします。
>これから、たまってしまった小説読ませていただきます。
ぜひ!
>ご無沙汰です。
gotohellさん、お久しぶりです!
>いつの間に引越しを??
7月の末に引っ越しました。
>アメーバブログの度重なるトラブルに嫌気がさした???
いえいえ、そういうことではないんです。
もしよろしければ7月29日のブログ「このたびのブログ移転に関するごあいさつ」として、引っ越しの理由を書いていますので、よろしければご覧ください。なにとぞ、よろしくお願いします。
>これから、たまってしまった小説読ませていただきます。
ぜひ!
Posted by
オヤジライター
at 2005年08月06日 09:18




