2005年08月06日

ラブ・フォーティ 第64話 〜メッセージ〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第63話より続く

 思いもかけない言葉に、新田はどう受け答えしていいのかわからなかった。気がついたら、途惑いと憤りが新田の口を動かしていた。
「ちょ、ちょっと、それじゃあ、あまりに……」
 とたんにタツエの目が尖った。酔客相手に長いこと修羅場をくぐってきた、水商売のプロの凄みが、言葉と顔つきにみなぎった。
「新田さん……、きょうはやっぱり帰ったほうがよさそうね、お互いのために」
 新田が何か言いかけた。するとタツエがさらに言葉で制した。
「ビール1本だから、きょうのところは500円におまけしておくわ」
 新田はもう一度挑むようにタツエの顔にざらついた視線をそそいだ。タツエはびくともしなかった。静かにじっと見つめかえすことで、新田の視線をはねのけた。

 タツエが表情をゆるめて言った。
「新田さんが私の顔を見て気がつけば、何でもないことだったのよ。お気を悪くするかもしれないけど、これは仕方のないことなの。わけが知りたかったら、早くお宅へお帰りになって、奥様にお聞きになってくださいな」
 タツエの声の底に深い情のようなものが息づいているのを、新田は感じた。とたんに、タツエの言葉を素直に受けいれたほうがいいように思えた。自分は何かに気がつかなければならないのに、それを見落としているのだ。とにかくこれ以上ここにいてはいけない、と。
 新田は立ち上がった。500円をカウンターの上にのせ、軽く頭を下げながら体を転じた。タツエの「ありがとうございます」を背中で受けながらヨロヨロと店を出ていった。

 タツエはカウンターの中の小さな丸椅子に腰かけ、ビールを1本開けた。やや大きめのグラスにつぎ、肩でひとつ息をついてからいっきに飲み干した。
 タツエはちょっと残念に思っていた。新田夫婦に興味があったのに、あまりにもあっけなく幕が降りてしまった。「新田の馬鹿野郎」とひとりつぶやいてみた。ビールをさらにあおった。足を組もうとして割烹着を着たままであることに気づいた。背中の紐を解くために手を後ろへ回すと、右肩から上腕にかけて筋肉痛が走った。
 「さすがのタツエ姉さんも、5セットもやるとちょっとこたえるわね」
 苦笑した。割烹着を脱ぎ、トレーナーとジーンズ姿になって丸椅子に座り直した。足を組み、すぐさま反対に組み直し、さらに元のように組み直した。足の筋肉がかなり張っていた。軽く舌打ちをしてから、煙草に火をつけた。

 立ちのぼる煙を目で追いながら、きのうのことを思い返してみた。
 きのうの夕方、テニスをやったあとのことだった。若者ふたりに圧勝し、気分よくクラブハウスに戻ると、フロントにメッセージが残されていた。
“新田晴美と申します。昨日、塚越さんのバッグを持った者です。偶然いまコートの外から塚越さんの姿をお見受けしました。テニスのことで、ぜひご相談に乗っていただきたいことがあります。お手数とは思いますが、下記の番号にお電話をいただければ幸いです。お待ち申しあげております”
 テニス場から家に戻ると、店に出る前にタツエは新田晴美に電話を入れた。

 晴美はさっそく本題に入った。
「じゅうぶん面識もないのに、こんなことをいきなりお願いするのはたいへん失礼なことだとはわかっているんですが……、じつは、塚越さんにテニスを教えていただきたいんです」
「あら、それはまた突然のお願いね」
 タツエは驚きをまぜて軽く笑った。
 晴美は電話を耳に当てたまま、見えない相手に頭を下げた。
「すみません。ぶしつけだと思われるかもしれませんが、とてもまじめなお願いなんです。あの……、私の主人にテニスを教えていただきたいんです」
「えっ?」タツエは驚いた。「あなたじゃなくて、あなたのご主人に?」
「はい、私ではなくて、私の主人にです」

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