2005年08月08日
ラブ・フォーティ 第66話 〜ベスト〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第65話より続く
晴美はタツエの笑い声を心地よく聞きながら、ほんのしばらく考えてから言った。
「あの……、やっぱり塚越さんにお願いしたいんですが」
「でも、ご主人が嫌がることはやめたほうがいいんじゃないの? たとえあなたの直感がそう導いているんだとしても。それとも……、まだほかに何か理由でもあるの?」
「あ、あの……」
晴美は言いかけて口をつぐみ、気づまりな吐息を漏らした。
タツエが聞いた。
「何か言えないような理由なの?」
「いえ、そうではないんです。くだらない理由に思えたものですから……」
「いいじゃないの。何かを始める理由なんてじつに些細なものよ。言ってごらんなさいよ」
タツエのさっぱりとした気性に、晴美は心を許してみる気になった。
「あの、主人はテニスをすると言ってるんですが、それがどの程度の意気込みなのか、じつは私にはよくわからないんです。本気かもしれないし、口先だけなのかもしれません。そこが知りたいんです。塚越さんと私は女同士ですから、その辺の私の気持ちを理解したうえで引き受けてくださるんじゃないか、と……。とても身勝手なお願いなんですが……」
「“どの程度の意気込みなのか”って言ったって、しょせん遊びなんじゃないの?」
「塚越さんは、“しょせん遊び”でテニスをしているんですか?」
「そう問いかえされると……、“しょせん遊び”とは言いにくいわね。私のテニスって、女だてらに格闘技のようなテニスだからね。さっき見ていたんでしょ?」
「ええ。ほかのコートの人たちとは雰囲気がまるで違いました。正直に言って、ちょっと恐かったです」
「かもしれないわね。……で、ご主人に、私のようなテニスをしてほしいわけ?」
「いえ、そうではなくて……」
晴美は言いよどんだ。
タツエがすかさず言った。
「女同士なんじゃなかったっけ?」
「そうでした。あの……、私……、主人の一生懸命な姿を見てみたいんです」
「“一生懸命”?」
「はい、主人の……」
タツエは新田晴美の言っている意味をつかみかねていた。手がかりがほしかった。思いつくことから聞いてみることにした。
「ねえ、新田さんのご主人のお仕事は?」
「会社員です」
「ざっくばらんに聞くけど、ご主人はまじめな方?」
「ええ、勤勉なほうだと思います」
「ねえ、新田さん。男の人がまじめに働くというのは、それだけでじゅうぶん“一生懸命な姿”ではないかしら? さしでがましいことを言うようだけど、あまりたくさんのことを望むと、ご主人だって大変じゃないかしら?」
間があいた。
晴美は、タツエの言葉をよくかみしめたうえで、なお自分の思っていることを言うことにした。
「確かに塚越さんの言うとおりかもしれません。長年主人は会社で仕事に打ち込んできました。それも一生懸命の姿だと思います。でも、主人が会社で一生懸命仕事をすればするほど、家では疲れきってボロボロになっています。主人は会社で一生懸命働き、そして家へ帰ってくると“疲れた”と言う。ということは、私と娘はいつも“一生懸命の残骸”と暮らしていることになります。もちろん、主人が働いてくれるおかげで私たち家族が食べていけるのですから、とても感謝していることは確かです。
ところがこの数年、ほんの少しずつですが、私の中で我慢できないことが膨らみ始めているんです。それは、主人の一生懸命を私自身が実感できないということなんです。すべては会社で起こっていて、私にはわからない。会社というのは、妻の私にとってとても遠い場所だということに気づいたんです。
主人と結婚して12年になります。あるとき私は思いました。主人の仕事の意味を本当に実感することは、私にはとうていできない、と。でも、それはそれでいい。仕事のことは、私たち夫婦の運命の一部として受けとめよう、と。そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、私の中で、ある思いが強くなったんです。それは、どんなことでもいいから、主人の一所懸命をそばで目撃してみたいということなんです。自分が一緒になった人の凄さを味わってみたいんです。これは私のエゴかもしれません。エゴかもしれませんけど、妻の権利だと思っています。夫婦とはそういうものだと思いたいんです。
もし主人がテニスをしたいと言うのなら、とことん一生懸命やってほしいんです。“しょせん遊び”ではなく、コートに命をかけるくらいの気持ちでとり組んでほしいんです。それを私は間近で……、コートサイドで応援してみたいんです。主人はもう40歳ですけど、その歳でできるベストを尽くしてほしいんです。そのために、塚越さんに手を貸していただきたいんです」
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第65話より続く
晴美はタツエの笑い声を心地よく聞きながら、ほんのしばらく考えてから言った。
「あの……、やっぱり塚越さんにお願いしたいんですが」
「でも、ご主人が嫌がることはやめたほうがいいんじゃないの? たとえあなたの直感がそう導いているんだとしても。それとも……、まだほかに何か理由でもあるの?」
「あ、あの……」
晴美は言いかけて口をつぐみ、気づまりな吐息を漏らした。
タツエが聞いた。
「何か言えないような理由なの?」
「いえ、そうではないんです。くだらない理由に思えたものですから……」
「いいじゃないの。何かを始める理由なんてじつに些細なものよ。言ってごらんなさいよ」
タツエのさっぱりとした気性に、晴美は心を許してみる気になった。
「あの、主人はテニスをすると言ってるんですが、それがどの程度の意気込みなのか、じつは私にはよくわからないんです。本気かもしれないし、口先だけなのかもしれません。そこが知りたいんです。塚越さんと私は女同士ですから、その辺の私の気持ちを理解したうえで引き受けてくださるんじゃないか、と……。とても身勝手なお願いなんですが……」
「“どの程度の意気込みなのか”って言ったって、しょせん遊びなんじゃないの?」
「塚越さんは、“しょせん遊び”でテニスをしているんですか?」
「そう問いかえされると……、“しょせん遊び”とは言いにくいわね。私のテニスって、女だてらに格闘技のようなテニスだからね。さっき見ていたんでしょ?」
「ええ。ほかのコートの人たちとは雰囲気がまるで違いました。正直に言って、ちょっと恐かったです」
「かもしれないわね。……で、ご主人に、私のようなテニスをしてほしいわけ?」
「いえ、そうではなくて……」
晴美は言いよどんだ。
タツエがすかさず言った。
「女同士なんじゃなかったっけ?」
「そうでした。あの……、私……、主人の一生懸命な姿を見てみたいんです」
「“一生懸命”?」
「はい、主人の……」
タツエは新田晴美の言っている意味をつかみかねていた。手がかりがほしかった。思いつくことから聞いてみることにした。
「ねえ、新田さんのご主人のお仕事は?」
「会社員です」
「ざっくばらんに聞くけど、ご主人はまじめな方?」
「ええ、勤勉なほうだと思います」
「ねえ、新田さん。男の人がまじめに働くというのは、それだけでじゅうぶん“一生懸命な姿”ではないかしら? さしでがましいことを言うようだけど、あまりたくさんのことを望むと、ご主人だって大変じゃないかしら?」
間があいた。
晴美は、タツエの言葉をよくかみしめたうえで、なお自分の思っていることを言うことにした。
「確かに塚越さんの言うとおりかもしれません。長年主人は会社で仕事に打ち込んできました。それも一生懸命の姿だと思います。でも、主人が会社で一生懸命仕事をすればするほど、家では疲れきってボロボロになっています。主人は会社で一生懸命働き、そして家へ帰ってくると“疲れた”と言う。ということは、私と娘はいつも“一生懸命の残骸”と暮らしていることになります。もちろん、主人が働いてくれるおかげで私たち家族が食べていけるのですから、とても感謝していることは確かです。
ところがこの数年、ほんの少しずつですが、私の中で我慢できないことが膨らみ始めているんです。それは、主人の一生懸命を私自身が実感できないということなんです。すべては会社で起こっていて、私にはわからない。会社というのは、妻の私にとってとても遠い場所だということに気づいたんです。
主人と結婚して12年になります。あるとき私は思いました。主人の仕事の意味を本当に実感することは、私にはとうていできない、と。でも、それはそれでいい。仕事のことは、私たち夫婦の運命の一部として受けとめよう、と。そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、私の中で、ある思いが強くなったんです。それは、どんなことでもいいから、主人の一所懸命をそばで目撃してみたいということなんです。自分が一緒になった人の凄さを味わってみたいんです。これは私のエゴかもしれません。エゴかもしれませんけど、妻の権利だと思っています。夫婦とはそういうものだと思いたいんです。
もし主人がテニスをしたいと言うのなら、とことん一生懸命やってほしいんです。“しょせん遊び”ではなく、コートに命をかけるくらいの気持ちでとり組んでほしいんです。それを私は間近で……、コートサイドで応援してみたいんです。主人はもう40歳ですけど、その歳でできるベストを尽くしてほしいんです。そのために、塚越さんに手を貸していただきたいんです」
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Posted by love40 at 07:56
│Comments(2)
この記事へのコメント
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Posted by
とし坊
at 2005年08月08日 18:41
●●●とし坊さんへ●●●
>究極の自費出版記事をアップして見ます。参考にどうぞ。
出版までのいきさつ、拝見いたしました。
これからブログで公開するとのこと。楽しみにしております。
お知らせいただき、まことにありがとうございます。
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Posted by
オヤジライター
at 2005年08月09日 08:18




