2005年08月10日

ラブ・フォーティ 第68話 〜ヤクザ〜

(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第67話より続く

 晴美がせっつくように聞いた。
「あのぉ、“面接”はどのような形で?」
「そうねえ……、私ね、駅の南口商店街で“エリーゼ”というスナックをやっているので、そちらに来ていただけると助かるんだけど」
「あ、お店をやってらっしゃっるんですか」
 晴美はなるほどと思った。タツエの貫禄ある物腰の理由が少しわかったような気がした。

 タツエが笑いながら言った。
「うちはね、若い女はいないから。オバさんの私がひとりでやっている店だから、ご主人を寄こしても安全よ」
 晴美も、タツエの笑い声につきあうように笑った。
「はい、わかりました。あの、主人がお伺いするのは、いつがいいでしょう?」
「店は年中無休だから、夕方ならいつでもいいわよ」
「あしたでもいいですか?」
「あした? それはまたずいぶん急だけど、私のほうは構わないわよ」……

 カウンターの上に、手つかずの冷ややっこがあった。タツエは、その小鉢を引きよせると、菜箸で豆腐をつまみ口に放りこんだ。
 ため息をついた。
「でも、結局こんなことになっちゃったけどね」
 ぐちるようにひとりごとを言った。
 タツエはビールをグラスになみなみとつぐと、いっきに飲み干した。荒い息とともに言葉が吐きだされた。
「馬鹿亭主!」
 その声は、静まり返った店の中で固く響いた。

 タツエは店内の照明をシャンデリアに切り替えた。それから新しい煙草に火をつけ深々と吸いこんだ。テニス仲間は「禁煙したらフットワークがさらによくなる」と口うるさいが、タツエは気にしていなかった。実際仲間うちでは彼女がいちばん足が動くし、並の男では手がつけられないほどテニスが強い。「私が煙草をやめてますますうまくなったら、相手がいなくなって場が立たなくなっちゃうじゃないの」とタツエはみんなによく言う。「“場が立つ”という言い方がタツエ姉さんらしいや」とみんなは笑う。まるでヤクザが体を張って博打をしているようなテニスだ、と。

「テニスくらい本気でできないヤツが、ほかに何ができるってのよ」
 もやもやとした憤懣が言葉となってタツエの口から飛び出した。
 タツエは気を静めようと有線放送をつけた。けだるいムードミュージックが流れ出す。その音に煙草の煙がからみついた。タツエはその揺らぎをボンヤリ眺めた。
 店の扉がそろりそろりと開いた。カウベルは鳴らなかった。タツエはまったく気がつかなかった。
 人ひとり通れるほどの幅ができると、扉の動きは止まった。音もなく人影が戸口に生じた。

「あの……、わかりました」
 突然の男の声だった。
 タツエは虚をつかれ危うく丸椅子から転げ落ちそうになった。体を保ち、振り上げた視界の中に、頭を掻いている新田真一がいた。
 新田はもう一度くり返した。
「あの、わかりました」
「え?」
「テニス……、ではないでしょうか?」
「そ、そう、……そうだけど、奥さんに電話でもしたの?」
「いえ、違います」
新田は顔の前で手を横に振った。それからその手でタツエの顔を指さし、さらにその指を、タツエの後ろの壁に貼ってある一枚の紙に差し向けた。その紙にはカラオケ大会の告知がされていた。
――8月8日。カラオケ大会。シングルス戦。ダブルス戦。飛び入り歓迎――

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