2005年08月14日
ラブ・フォーティ 第72話 〜スイートルーム〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第71話より続く
錆びきった鉄梯子(はしご)がきしむたびに新田は体をこわばらせ、降りる足を止めた。下から「平気よ」と声をかけるタツエはクスクス笑っていた。
底に降りたつと、意外と広い空間であることに新田は驚いた。
タツエは自慢げに言った。
「テニスコート半分がすっぽり入る大きさなの。打球音もほとんど外に漏れないから近所迷惑にならないし、場所を取るために人と争うこともないし。ま、私の秘密の練習場ってところね」
「よくこんな場所を教えてくれる人がいましたね」
「“蛇(じゃ)の道は蛇”ね」
言ってタツエは含み笑いを浮かべた。
新田はゆっくりと底を一周してみた。
「何の貯水槽だったんでしょうか」
「浄化槽だとか聞いたけど、詳しいことは忘れた。ま、少なくともいまはテニス専用のスイートルームってところね。さてと、新田さん。とにかくラケットを振ってみていただこうかしら」
タツエの表情がひき締まった。無駄口はきかないし、きかせないと言わんばかりの雰囲気がみなぎり、新田を緊張させた。
タツエに従って簡単なストレッチをおこなったあと、新田はラケットを一本手渡された。生まれて初めてラケットを握った。手の中にくっきりと異物を感じた。新田はまずいと思った。これほどに違和感のあるものを自分が使いこなせるようになるとは思えなかった。あの夢の中で味わった、しっくりとしたグリップの感触とは似ても似つかないものだった。緊張が後悔に一変した。
タツエはグリップとスウィングの基本を手短に説明すると、ただちに新田に実践させた。
新田がフォアハンドストロークの素振りを始めると、タツエはその周りをゆっくりまわりながらチェックをした。
「ストップ!」
突然タツエが制した。新田の正面にまわりこんだ。腰に手を当て、新田の顔をにらみつけた。
「ねえ、新田さん。私にはちゃんとわかるのよ、その人が気を入れてラケットを振っているかどうかぐらい。いま、ほかのこと考えてない?」
「あ、いえ……」
「67歳の爺さんだってもっと気合い入れて振っていたわよ。それとも、新田さんには無理かしら?」
新田の顔に怒気がかすめた。タツエを追いはらうかのように、力をみなぎらせてラケットを振り始めた。タツエはふたたび周りを歩き始め、新田から見えない位置に来るとほくそ笑んだ。
10分ほど素振りが続いた。新田のトレーニングウェアはみるみるうちに汗で重くなっていった。
「オーケー。壁打ちしてみましょうか」
タツエがひょいとボールを放った。新田はそのボールを左手でキャッチした。
タツエが言った。
「テニスプレイヤーは、手より先にラケットが動くようになってほしいわね」
もう1個ボールが宙を飛んだ。新田はあわててラケットで受けた。ボールはガット面で1回跳ね、あとは地面を転がっていった。それをタツエはすばやく拾い上げ、また新田に投げた。新田はラケットを差し出し、危ういながらもガット面で数回バウンドさせたのち捕りおさめた。タツエが拍手した。新田の顔がきょう初めてほころんだ。
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Posted by love40 at 07:44
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