2005年08月17日

ラブ・フォーティ 第75話 〜パンク〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第74話より続く

「さてと……」タツエは新田の落胆を無視した。「そこで新田さんにやっていただくことは、走ること。走って体重を落として、同時に脚力を鍛えていただくことにします。食事を制限して減量しようなんて考えないこと。あくまでも運動をして体重を減らしてください。へたに食事を制限すると体力を落としてテニスどころじゃなくなるから。その辺の“ミスなんとかコンテスト”に出場するならそれでもいいけど、新田さんはこれからテニスという格闘技をするんだから、このことは絶対に守ってくださいね。それから……」
 タツエは新田に歩み寄り、彼の足もとにしゃがんだ。新田は後ずさりしようとした。その動きを制するように、タツエの右手が新田の左膝に伸びた。膝頭をつかんだ。新田は「な……」と言ったきり全身を硬直させ棒立ちになった。タツエは新田の膝をさするような、揉むような手つきで触り、次いで左手で右膝を触った。

 タツエはゆっくり新田を見上げて言った。
「こんななまった膝でロードを走ったら、一発でパンクしちゃうわね」
 しゃがんだままの格好でタツエはしばらく考えた。2度ほど小さくうなずいてから顔を上げた。新田の困惑した目とぶつかった。タツエはうっすら微笑んだ。まるでベテラン看護師が患者にさとすかのような口ぶりで言った。
「最初はプールの中を走りましょう。水の中なら浮力があるから、膝に体重の負担をかけずにトレーニングができるから。それに水は前進に対する負荷があるから脚力のパワーアップにもいいわ。駅の向こうの区民プールならウォーキングコースがあるから、あそこでまずは3週間トライ。おそらく体重も落ちることでしょうし、脚力の準備トレーニングにもなるはず。どう、新田さん、できるわよね?」
 それは尋ねているのではなく念押ししているのだった。はっきりしない新田に向かってタツエはもう一度聞いた。
「新田さん、できるわよね?」

「や、やってみます」
 新田の答えを弾みにしてタツエはスッと立ち上がった。ふたりの目と目の距離が1メートルから30センチほどに縮まった。しょぼつく新田の目の前に、タツエの勝ち誇ったような目があった。
「では3週間後に会いましょう。新田さんの自主トレの成果が楽しみだわ」
 言い終わるなりタツエはバッグにラケットとボールをしまい始めた。
 手を動かしながらタツエがつけくわえた。
「トレーニングの時間や量は自分で決めてください。最初は疲れたらやめればいいんじゃないかしら。無理はしないこと。目標としては3週間で3キロ減量。もしその前に新田さんが脱落したら、そこでおしまい。ジ、エンド」
 タツエは手刀をつくり、それで自分の首を切り引いた。“クビ”を意味した。
 新田は口を半開きにしたままわずかにうなずいた。

 タツエは貯水槽の隅へ行くと、鉄梯子に手をかけた。顔だけ新田に向けた。
「ラケットを持ってのトレーニングは、新田さんの体重が70キロを切ってからにしましょう。つまり、いまの体重から9キロ落としてからってことになるわね。それまではひたすら走ることに専念してください。さっきも言ったけど、テニスはまず陸上競技だってことを忘れないでね。もし走ることに挫折したらテニスはできないと思ってください。少なくともタツエスクールでは退学。いい?」
 新田はふたたびうなずくしかなかった。
 タツエは大きなバッグを肩にかけると、するすると鉄梯子を上った。上から軽く手を振り、あっさり姿を消した。

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