2005年08月18日
ラブ・フォーティ 第76話 〜メニュー〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第75話より続く
プールは夜の9時まで開いているので、新田は会社の帰りに行った。その時間帯は退社後のスーツ族が意外と多いことに新田は驚いた。ほとんどが常連のようだった。更衣室で顔を合わせれば互いに挨拶をしてひとことふたこと言葉を交わすが、プールに出ると黙々と泳いでいる。まるで自分自身の体と会話をしているかのように見える。噂には聞いていたが、こうやって日課として体を鍛練しているサラリーマンがいることなど新田には信じがたいものだった。もしいるとすれば、それは“海外勤務の長かった、特別な人”くらいに思っていた。しかし彼らの様子から、そういう特別な人でないことはわかった。新田と同じようなごく普通の勤め人たちだった。
新田にとって“プール走”はそれほどつらいことではなかった。つらいことはほかにあった。それはプールで裸をさらすことだった。他の常連が老若問わずひき締まった体をしているのに比べ、新田の体は何とも無惨だった。肥大し、むくみ、たるみきっているのである。このたるみは隠しようがなかった。ごまかしようのない自分の恥部のように思えた。
肉体というものが、その人の生活のある部分をこれほどいともかんたんに暴露してしまうものなのか、と新田は愕然とした。いままでだって水着姿になる機会はあったが、それは夏の行楽としての海水浴とかレジャープールだった。そこで目にする雑多な風景に比べ、このプールに来る人たちの目的は純粋だった。個人によって差こそあれ体を鍛練することだった。その人々の雰囲気の中で、新田は自分の意識の低さを思い知ることになった。1日も早く、自分の“程度の低い体”とおさらばしたいと願うようになっていた。その気持ちが新田をプールに通わせた。
3週間が過ぎた。4キロ減に成功した。新田はプールに通いきった。朝昼晩しっかり食事をとったうえでの減量。運動で勝ちとった減量だった。晴美は驚き、理沙はVサインで喝采し、タツエは新たなトレーニングを課した。
次の3週間は“階段走”だった。階段を2段ずつ走って上り、1段ずつゆっくり歩いて下りる。これをくり返しくり返しやる。新田は自宅の7階建てのマンションの外階段を利用した。階段走は上りの負荷が高く運動量も多いが、タツエがこれをメニューに選んだ理由はほかにあった。
本来なら、1日も早く“ロード走”を習慣化して基礎体力づくりの柱にしたいところなのだが、それはもう少しあとにし、ここであえて階段走を入れたのだ。というのは、新田のように減量目標を掲げているビギナーが平坦な道を走ると、どうしてもスピードを出してしまう傾向があり、そのぶん膝への衝撃を大きくして故障の原因となりやすいからだ。階段の2段上り走は、スピードを出したくても、その人の運動能力以上には出せない。運動量が多く、足への安全性も高いと判断してのメニューだった。
例によってタツエは減量目標だけを提示し、実際のトレーニング量は新田の自主性にまかせた。目標は3週間で3キロ減の71キロだった。
階段走は地獄だった。肉体的にも精神的にもプール走よりつらかったのだ。とくに新田が予期していなかったあることが精神的なプレッシャーとなった。
それは汗だった。プール走では、体を包むプールの水が発汗を抑え、しかも発汗しても全身水に濡れているためあまり気にはならなかった。しかし階段走では、8月の暑い大気がとめどなく発汗を促して肉体的な疲労を募らせるだけでなく、トレーニングウェアが汗で重くなることによって感じる一種の達成感とともに、それとは逆の、精神的な負担感をも増大させた。それゆえ毎日のトレーニングをいっそうハードなものに感じさせるのだった。
プレッシャーは汗だけではなかった。プール走の場合は、同好の士とも呼ぶべき人が周りにいて、同じように水の中を歩いたり走ったり、あるいは泳いだりしていたが、階段走は新田ひとりだった。マンションの住民はエレベーターで昇降しているから、まさしく誰もいない場所をたったひとりで上り、たったひとりで下りる。自分のやっていることが誰とも関わっていないと感じる怖さ、まるで真空状態のような息苦しさが絶えず新田を苦しめることになった。
しかし3週間の階段走も新田はやり遂げた。プール走のときと同じ4キロ減を達成したが、階段走のほうがはるかに激務だった。最後の1週間は膝に若干の痛みが現れる日もあったが、そういうときは昇降回数を減らしたり、スピードを落としたりして、どうにかこうにか続けた。しかも、時間があればプール走にも行くようになっていた。新田の中に、体を動かしたいという欲が芽生えてきたのである。
筋肉痛は、トレーニングを開始した2日目から体の各部を襲い、この1カ月半ほどの間は痛くない日はなかった。タツエからは「トレーニングで筋肉に負荷をかければ、筋肉痛はある程度起こるものだから気にしないこと。筋肉痛はスポーツマンの肌着くらいに考えなさい。ただし、関節系の痛みを感じたらすぐに知らせること」と言われていた。日を追うにしたがって新田は筋肉痛という肌着に慣れていった。
続き(第77話)を読む
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Posted by love40 at 07:45
│Comments(4)
この記事へのコメント
いよいよ始動ですね!
たのしみ!
(&体重へってうらやまし!)
たのしみ!
(&体重へってうらやまし!)
Posted by hi-yo(ハイヨ)
at 2005年08月18日 22:42
アメブロからリンクしてきました。
小説楽しく読ませていただきます。
僕も小説まがいなモノを書いてますので、よかったら見てやってください。
小説楽しく読ませていただきます。
僕も小説まがいなモノを書いてますので、よかったら見てやってください。
Posted by
mastang9
at 2005年08月18日 22:45
●●●hi-yo(ハイヨ)さんへ●●●
>いよいよ始動ですね!
イエーーース!
hi-yoさん、これからも応援よろしくお願いします!
>いよいよ始動ですね!
イエーーース!
hi-yoさん、これからも応援よろしくお願いします!
Posted by
オヤジライター
at 2005年08月19日 08:24
●●●mastang9さんへ●●●
>小説楽しく読ませていただきます。
ありがとうございます!
mastang9さん、よろしくお願いします!
>僕も小説まがいなモノを書いてますので、よかったら見てやってください。
それは楽しみ楽しみ!
了解しました!
>小説楽しく読ませていただきます。
ありがとうございます!
mastang9さん、よろしくお願いします!
>僕も小説まがいなモノを書いてますので、よかったら見てやってください。
それは楽しみ楽しみ!
了解しました!
Posted by
オヤジライター
at 2005年08月19日 08:32




