2005年08月21日

ラブ・フォーティ 第79話 〜レンアイ〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第78話より続く

 話はしばらく子供の話題となり、もっぱらタツエと晴美が口を動かした。理沙がそれにときどき参加した。女3人のお喋りを、新田はビールを飲みながら黙って眺めていた。タツエは顔を話し相手に向けたまま、手はカウンターの下で忙しく動かしている。まるで手品師が、自分の顔に観客の視線を引きつけておいて、そのすきに手もとで何やらタネを操るような、客さばきのよさを感じさせる。
 ほどなくしてカウンターの上に簡単なつまみが数皿のった。晴美が恐縮し、タツエが気にするなと手を横に振った。理沙が一番乗りでハムの盛合せにフォークを突きたてた。

 新田がタツエのグラスにビールをそそいだ。それを受けながらタツエは新田の顔を見て、からかうように言った。
「あら、新田さん、目もとがもう赤いわよ」
「飲むのは久しぶりですからね。回るのが早いようです」
 新田の言葉を補うように晴美が言った。
「本当に飲まなくなりました。別人のようです。飲むかわりに、走っているか、泳いでいるか……」
 晴美の言葉を追い抜くように理沙が言った。
「そうでなければ、理沙とおしゃべり。相手する私のほうが、つかれるんだから……」
 理沙のこましゃくれた言い方に、大人たちが笑った。

 大人たちの反応に、理沙はちょっとむくれてみせた。その表情を見て、タツエがなだめるように言った。
「そうよね。理沙ちゃんの言うとおり。お父さんの相手をするの大変よね。でも、お父さんが夜遅く帰ってくるより、早いほうがいいでしょ? ぜんぜんおしゃべりができないより、おしゃべりができたほうがいいわよね?」
 タツエに顔を覗き込まれ、理沙ははにかみながらも嬉しそうにうなずいた。
 タツエが目を細めて言った。
「おばさんは、理沙ちゃんがうらやましい。理沙ちゃんは、おうちに帰るとお父さんやお母さんがいて、いつでもおしゃべりできるから、寂しくないでしょ?」
「うん。……おばさんは?」
「おばさんはひとりで暮らしているの」
「どうして?」
「おばさんのお父さんとお母さんはもう死んじゃったし、おばさんは、結婚は……、そう、テニスと結婚しちゃったのよ」

「“テニスと結婚”?」
「そう。おばさんはテニスに夢中になりすぎちゃったの。テニスを毎日毎日、朝から晩までしていたら、男の人とデートする時間がなくなってしまってね。だから、男の人とは結婚せずに、テニスと結婚したってことになるの。わかる?」
 タツエは楽しそうに笑った。
 理沙はちょっと首をかしげて言った。
「でも……、テニスコートで知り合うことだってあるんでしょ? だって、天皇陛下と美智子様はテニスラブだよ」
「あら、理沙ちゃん、そんなこと知ってるの?」
「うん。だから、テニスしていてもレンアイはできるんだよ」
「あらま、痛いとこ突かれちゃった」
 タツエはのけぞって苦笑した。
 晴美は笑いをかみ殺し、きまり悪そうにわが子を肘でつっついた。

 理沙は悪びれることもなく、今度は話の矛先を、いま肘を使った母親に向けた。
「あのね、おばさん。うちのお母さんは仕事ラブだったんだよ。お母さんが勤める会社にお父さんがエイギョウで来ていて、それで、ちょっと鈍感なお父さんを、お母さんのほうから……」
「理沙!」
 晴美はたちまち赤面し、悲鳴にも近い声で娘の口を封じた。
 新田はあきれ顔になりながらも、それとは別に、十数年前の、知り合ったばかりのころの妻をふと思い出して、くすぐったい気分になっていた。
 理沙はタツエに向かって、ちらと舌の先を出して「怒られちゃった」という顔をしてみせた。
 タツエは、カウンターの中から3人を見守っているうちに、まるで自分に子供と孫がいっぺんにできてしまったかのような、不思議な温もりにひたっていた。

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