2005年08月26日
ラブ・フォーティ 第84話 〜オールバック〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第83話より続く
ふたりは初めて真正面に向き合った。
男は50代半ばのように見えた。やや下ぶくれの顔、鼻の下にきれいに整えたコールマン髭、頭上にはたっぷり長めのオールバックを撫でつけている。真っ白なシルクのシャツに、黒い蝶ネクタイと黒いベスト。バーテンダーのほのかな誇りが漂っている。
気のよさそうなつぶらな瞳が新田を見た。
「丸山と申します。店の名前“鳥丸”の丸は、丸山の丸です。ようこそ、おいでくださいました」
言いながらカウンター越しに手を伸ばした。新田は一瞬ためらってから、丸山の動きに従ってぎこちない仕草でその手を握った。軽くシェイクハンドして新田が手を離そうとすると、丸山はさらに手に力をこめてきた。離そうとせず、目もとにいっそう深い笑みを刻んで新田を見つめている。新田は怖気立った。
新田の動揺をよそに、丸山は澄ました顔で言った。
「新田さん、思いきり私の手を握ってみてください」
「は?」
「力いっぱい握ってください」
穏やかな口調だが、命令されているように新田には聞こえた。いつまでもこうしているのはあまりに気色が悪い。とにかく相手の要求を満たしてみるしかない、と新田は腹を決め、目いっぱいの力で握りかえした。
丸山は目を細めてうなずきながら手をほどいた。
「なるほど。グッド、グッド」
丸山はひとり得心した顔になり、そのままカウンターの中に身をかがめた。「どっこいしょ」という掛け声とともに、帆布製の白い大型バッグをカウンターの上にのせた。さらにその隣に新聞紙を置いた。
新田にはわけのわからないことが次から次へと起こるのだった。
「あ、そうそう、その前に……」
丸山はおしぼりを取り出し、新田に手渡した。
「まずは乾杯でしたね。ビール? それともワインか何か?」
目の前の展開が呑みこめぬまま、新田は口ごもりながら「ビールを」と答えた。丸山がビールの銘柄をすらすらと3つ4つ挙げた。新田は、その中で唯一知っていた銘柄をお願いした。
丸山は唇を軽くすぼめ口笛を吹くような顔つきで準備にとりかかった。丸山の唇から音は出ていなかったが、確かに口笛は吹かれていた。顔のあたりに楽しげなメロディが漂っているのが、新田にもわかった。
丸山の幸せそうな表情が、先ほどの内鍵を締めたことや握手と重なりあって、新田には薄気味悪いものに見えた。タツエの紹介なのだからそんな変なことはないだろうという思いと、タツエのことだからとんでもないからかいをやるかもしれないという勘ぐりが、新田の頭の中でもつれ合った。
エリーゼのビールグラスよりはるかに高級なグラスが、新田と丸山の前にそれぞれ置かれた。
「これは私からのおごりです」
丸山はそう言いながら、手ぎわよくビールをそれぞれのグラスにそそいだ。適度に泡をのせた黄金色のビールがグラスの丈いっぱいに満ちた。
ほっそりとしたグラスを軽くかち合わせ、ふたりは乾杯した。新田は依然として落ち着かなかった。落ち着かないばかりか、カウンターの上に置かれた帆布製の大型バッグが気になって仕方がなかった。新田の視線の揺れに、丸山が気づいた。
「ああ、そうでした。さっそく本題に入りましょう」
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Posted by love40 at 07:59
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