2005年08月30日
ラブ・フォーティ 第88話 〜ヘタ〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第87話より続く
新田の驚きの声が大理石の壁に響きわたった。
「“受け継いで”って、そんな勝手なこと言われても……。第一、おかしいじゃありませんか。“受け継ぐ”というのは……」
丸山は、新田のその言葉を待ちかまえていたかのように、自分の言葉をつなげた。
「そう、“受け継ぐ”というのは、前の人がいなくなるから次の人が継ぐわけです」丸山の表情ががくんと寂しくなった。「つまり、そういうことなんです。じつは私、もうすぐいなくなるんですよ」
「え?」
新田は口を半開きにしたまま顔をこわばらせた。
丸山の視線が新田の顔から離れ、店の中をさまよった。
「今月いっぱいで、この店をたたんで、故郷(いなか)に帰るんですよ」
「“たたむ”? ど、どうしてですか?」
新田の声が跳ね上がっていた。
丸山は半歩さがると、後ろのボトル棚に背をあずけた。話すかどうか迷った。新田の手前、微笑もうとするが、顔に自嘲がにじんできてしまう。話すべきじゃないと思う。が、思う端から迷いが募ってくる。いらだった。いきなり捨て鉢な気分になった。その弾みで丸山は話し始めた。
「私ね、商売がヘタなんですよ。この店も、実家からの援助があったからこそ続けてこられたようなもので、前からうまく行ってなかったんです。50過ぎた独身男が親がかりというのもたいへん恥ずかしい話なんですが。ま、要するに、私は根っからの道楽者ということです。おまけに母親が私にめっぽう甘い人で、“事業投資”と思いこんで、私の道楽につきあってくれていたわけです。ところが、その母がつい最近死にましてね。私の道楽も万事休す、です。親父は北海道の温泉成金でしてね。金は持っていて、いまでも元気に事業をやっているんですが、80を超え、連れ合いにも先立たれると、さすがに心細いんでしょう。ひとりでも多くの身内にそばに居てほしいらしくて、私のような不肖の息子でも、故郷(いなか)に戻ってくるのなら、この店の借金を肩代わりしてやると……。なんとも情けない話です」
話しているうちに丸山は落ちつきを取り戻していた。ボトル棚から背中を離し、やや前かがみになってグラスをつかむとサラサラとビールを飲み干した。「ああ、うまい」と一声(いっせい)するなり丸山は、あっけに取られている新田の顔を見て、微笑んだ。
丸山の声が軽やかになった。
「ああ、さっぱりしました。言ってしまってよかったです。じつは、このことは誰にも話さずに故郷(いなか)へ帰ろうと思っていました。こんな馬鹿話、恥ずかしいですものね。とくに、同業者のタツエさんとか、立派に店をやっている人には言い出しにくいです。でも、まったく誰にも言わないと心に決めてみると、妙に悔しいんです。何て言うか……、確かに親がかりの道楽ではあったんですが、私なりに頑張ったつもりです。
ただ、いい店をつくることと、いい商いをすることの、見境が最後までできませんでした。つまり……、そういった私の顛末を、誰も知らないというのは何とも言えず寂しいものです。人間というのは、自分のことを誰かに聞いてもらいたいものなのかもしれませんね。たとえ、誇れるような人生でなくても……。新田さんには、とんだ迷惑でしょうが、タツエさんの話の続きと思って、なんとかお許し願いたい。申し訳ない」
言って丸山は深々と頭を下げた。きれいに整えられたオールバックの髪がバサッと乱れた。
新田は、その髪の乱れに丸山なりの誠実さを感じた。
新田はふっ切れた笑みを浮かべて言った。
「わかりました。まさか、たった1日でふたつも秘密に出くわすとは思ってもみませんでしたが、聞いてしまった以上、そのことはお引き受けするしかありませんね。私の胸に大切にしまっておきます」
「ありがとうございます」
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Posted by love40 at 07:49
│Comments(2)
この記事へのコメント
なんかこの「話を聞いて欲しい」というところ
わたしがブログをやっているのと同じかなーなんて思いました。
別に誇れるようなものなんてないし、たわいも無いことばかりだけど、聞いてもらえるとうれしいし、書いてるだけでも楽しいし。
ブログはつまらない、人に見せられるような生活はしてないって言う人もいるけど、わたし話すの下手だから、書いて読んでもらえるのってすごく楽になるんだよね〜。
丸山さんの気持ちなんとなく分かる気がしました。
わたしがブログをやっているのと同じかなーなんて思いました。
別に誇れるようなものなんてないし、たわいも無いことばかりだけど、聞いてもらえるとうれしいし、書いてるだけでも楽しいし。
ブログはつまらない、人に見せられるような生活はしてないって言う人もいるけど、わたし話すの下手だから、書いて読んでもらえるのってすごく楽になるんだよね〜。
丸山さんの気持ちなんとなく分かる気がしました。
Posted by
かあちゃん
at 2005年08月31日 22:02
●●●かあちゃんさんへ●●●
>別に誇れるようなものなんてないし、たわいも無いことばかりだけど、
>聞いてもらえるとうれしいし、書いてるだけでも楽しいし。
自分のさりげない気持ちって、自分ですら素通りすることがありますよね。
それをちょっとつまみあげて書いたりして・・・。
ブログが、その機会を増やしてくれてるんですね。ふむふむ。
>丸山さんの気持ちなんとなく分かる気がしました。
おお、うれしいです!
>別に誇れるようなものなんてないし、たわいも無いことばかりだけど、
>聞いてもらえるとうれしいし、書いてるだけでも楽しいし。
自分のさりげない気持ちって、自分ですら素通りすることがありますよね。
それをちょっとつまみあげて書いたりして・・・。
ブログが、その機会を増やしてくれてるんですね。ふむふむ。
>丸山さんの気持ちなんとなく分かる気がしました。
おお、うれしいです!
Posted by
オヤジライター
at 2005年09月01日 12:08




