2005年09月01日

ラブ・フォーティ 第90話 〜デート〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第89話より続く

 丸山が、仕切りなおすように軽く手を打ち合わせた。
「さてと、そろそろ肝心のラケットを見てもらいましょうか」
「そうですね。よろしくお願いします」
 新田は立ち上がり、丸山とともにカウンターに沿って移動した。
「じつは私、仲間から“ラケットの神様”って言われてたんですよ。嬉しくないあだ名です。“テニスの神様”とは似て非なるものですからね」
 丸山はラケットを1本1本手にとり、懐かしむように撫でまわし握りしめ、それから新田に手渡した。新田も見よう見まねでラケットを撫でたり握ったりしてみる。

 丸山はささやかに笑って言った。
「新製品が出ると、どうしても欲しくなっちゃうんですよ。軽いの、重いの、厚いの、薄いの、長いの、短いの……。道楽の虫が騒ぐわけです。凝り性と言えば凝り性、無節操と言えば無節操。ゲームで負けるとすべてラケットのせいにしてしまう。負けが重なると矢も盾もたまらずにテニスショップへ駆け込む。そして新製品の衝動買いです。そのくり返しでした。おかげでラケットには詳しくなりました」
「それで“ラケットの神様”」
「ということです。だからこそタツエさんは、新田さんを私のところへ寄こした」
「なるほど」

 丸山がふたたび軽く手を打ち合わせた。
「そうだ、こうしましょう。私が1本推薦します。それとは別に、新田さんもご自分で1本選んでみてください。合わせて2本、プレゼントします」
「“プレゼント”?」
「ええ」
「とんでもない。こんな高価なものをタダというわけには……」
「いえ、いいんです。タツエさんの弟子ということは、つまり私とは兄弟分です。兄弟分のよしみということで。それに、どうせ私は、これから当分テニスはお預けなんですから」丸山は手を口に添え、内緒話をするように言った。「親父の手前、しばらくは鳴りをひそめなければマズイでしょ?」
「ええ、そ、そうですね」
「そうですとも! マズイです!」
 丸山は、まるで自分自身に喝を入れるように語気を強めた。
 その言い方が新田にはひどくおかしかった。つい噴きだしてしまった。すると丸山も、自分の妙な力みに気づき、顔を赤らめ照れ笑いした。ふたりの笑いが合わさって、ふたりの気持ちが通じあった。

 新田が言った。
「わかりました。遠慮なくいただくことにします。よろしくお願いします」
 新田は頭を深く下げた。丸山は小さくうなずき、ふたたびラケットに目を落とした。とたんに顔つきが厳しくなった。
 新田も、目についたラケットを手にとってみた。
「新田さん。あそこで素振りができますから、振って感じを確かめてみてください」
 見ると、なるほど戸口のあたりにけっこう広いスペースがある。新田が入ってきたときは気がつかなかったが、言われてみると、この店には不釣合いな空間だった。
「開店当初はそこにボックスがあったんですが、店でもラケットが振りたいと思い、テーブルとシートを取っぱらってスペースをつくったんですよ」
 丸山はこともなげに言った。

 新田は、壁との間合いをはかって立ち位置を決め、オドオドとしながらラケットを前後させた。ぎこちなかった。恥ずかしかった。
 丸山は指先でコールマン髭をやんわり撫でながら新田を見ていた。
「ねえ、新田さん。新田さんは、初めてのデートのときから女性の扱いはじょうずだったですか?」
 新田は手を止めると、にやけながら首を横に振った。
「いえ、まったく」
 丸山がほほえんだ。
「初めてというのは、そういうものですよ。ですから何も考えずにスウィングしてみることです。そうすれば、ラケットのほうから自然と新田さんに寄り添ってくれるはずですよ」
 丸山がウインクした。
 新田は照れながら顔の横に、指でOKサインをつくった。
 丸山が手ぎわよく1本、新田は途惑いながら1本選んだ。

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