2005年09月02日

ラブ・フォーティ 第91話 〜デビスカップ〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第90話より続く

 ラケットを選び終わると、ふたりはウイスキーでもう一度乾杯した。
 しばらく丸山のテニス談義になった。新田は耳を傾けながら、ゆっくり酔いを深めていった。
 丸山の話は尽きなかった。いわく、プロテニスは試合中にコーチと言葉を交わすことを禁止されているため、選手はまず孤独と戦わなければならないスポーツである、とか。男子の5セットマッチの場合、試合時間は4時間を超えることもあり、1対1のスポーツとしてはまさに果てしない死闘である、とか。サーブの最高速度は女子で200キロ近く、男子においては240キロを超え、野球の投球速度よりさらに100キロほど速い、とか……。

 その中でも、丸山がとっておきの話として紹介してくれたのは、テニスの点数に関するものだった。
「テニスというスポーツで何がいちばん変わっているかと言えば、僕は、点のつけ方だと思いますね。ほかのスポーツが1点、2点、3点……とスコアしていくのに、テニスだけが15(フィフティーン)、30(サーティ)、40(フォーティ)となる。おまけに0(ゼロ)を“ラブ”と呼ぶ。なぜ、こんなポイント法になったのか、僕は昔から不思議でなりませんでしたよ。
 たとえばラグビーでは、トライは5点、トライ後のゴールは2点、ペナルティゴールは3点と、ポイントはさまざまですが、これはポイントゲットの難易度が表れているものですよね。
 しかし、テニスのポイントの15、30、40にはそういう意味はありません。1点、2点、3点としてもなんら支障がありません。かりにサーブ側が1ポイント取ったら“1─0(ワン・ゼロ)”でいいはずです。でも、なぜかテニスでは“15─0(フィフティーン・ラブ)”と言います。新田さんは、どうしてだと思います?」

「さあ、どうしてでしょうか。確かにテニスのカウントは、知らない人にとっては複雑な印象を与えますね。正直言って、僕も数え方がよくわからないんですよ」
 新田は頭を掻いた。
 丸山が何度もうなずいた。
「そうでしょう、そうでしょう。“サーティ・オール”とか“フォーティ・サーティ”とか言われると、なんだかややこしい感じがしますよね。慣れるとなんでもないんですが……。では、お教えしましょう。
 まずゲーム開始時は、当然のことながら0対0で始まります。これを“ラブ・ラブ”とは言わず、“ラブ・オール”と呼びます。テニスでは、同点の場合“オール”を使って、“15─15(フィフティーン・オール)”、“30─30(サーティ・オール)”と呼びます。ほかのカウントの場合は“30─15(サーティ・フィフティーン)”とか“40─15(フォーティ・フィフティーン)”とか呼びますが、これにも簡単な決まりがあります。テニスは、サーブする側とレシーブする側に分かれますよね。そこで、カウントの呼び方は、必ずサーブ側を先に言うんです。たとえば、サーブ側が2ポイント取って、レシーブ側がゼロだったら“30─0(サーティ・ラブ)”と呼ぶわけです。では“15─30(フィフティーン・サーティ)”と言ったら?」
「ええと……、サーブ側が1ポイントで、レシーブ側が2ポイント取っているということですよね」

「そうです。テニスは先に4ポイント取ったほうが勝ちですから、いまの“15─30(フィフティーン・サーティ)”の場合、サーブ側はあと3ポイント、レシーブ側ならあと2ポイント取らなければなりません。4ポイント先取すると“1ゲーム取った”ことになります。そうやって先に6ゲーム取ると“1セット勝ち”になります」
「さきほど5セットマッチの試合というお話がありましたけど、あれはどうなるんですか?」
「3セット先取したほうが、その試合の勝利者です」
「すると、試合がもつれたりすると5セットフルで、合計何十ゲームもプレイするわけですね」
「実際には、これにデュースがからんできますし、タイブレイクという同点決戦もありえますから、1試合で実質50ゲームとかそれ以上のゲーム数を戦うこともあります」
「なるほど、だから3時間とか4時間という試合時間になるわけですね。こりゃ大変だ」
 新田は思わずため息をついた。

 丸山が、どことなく誇らしげにうなずいた。「ええ。たとえば、1982年のデビスカップでは、ジョン・マッケンロー対マッツ・ビランデルのシングルス戦が、6時間22分にも及んでいます」
「6時間22分! そんな長時間、野球でもめったにないですよね。それを、1対1で打ち合って走りまわるわけですか?」
「そういうことになります。野球は、9人対9人で、しかも交代もできますし、さらに、攻めているときは打者以外はベンチで休むこともできますものね。テニスの休憩時間は、2ゲームごとにおこなわれるコート・チェンジのさいの90秒間だけです」
「90秒……。そう考えると、テニスというのは恐ろしく激しいスポーツですね」
 新田の目がおびえた。

 それに気づいて丸山がからかうように言った。
「やめときますか?」
 丸山の言葉をいなすように新田が笑った。
「いえいえ。やめるとか、やめないとかは、この2カ月近くの間、走るたびに何度も考えて、もう考え飽きてしまいました。いまはもう、丸山さんの言う“馬鹿”の心境ですから……」
「そうですか、それはいいことです。“馬鹿”が一番です」
ふたりは笑った。

続き(第92話)を読む


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