2005年09月03日

ラブ・フォーティ 第92話 〜スコア〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第91話より続く

 丸山が咳払いをひとつして声を改めた。
「ところで、そのゲームの点数法が、なぜテニスだけ変わっているのかということなんですが。その由来について、ある人からたいへん面白い話を聞いたんですよ」
 丸山はもったいぶった間(ま)をとって新田の好奇心をあおった。それから、カウンターにもたれるようにして顔を突きだし、そろそろと話し始めた。

「その人はかつて英国大使館に勤めていて、そこで聞いた話なのだそうです。英国といえばテニス発祥の地ですよね。要するに本場の話ってことになりますか。
 話はこうです。テニスの点数法は、ポームという古い球技に由来しているらしいんですが、テニスが19世紀末に急速に国際的なスポーツになっていったさい、その近代化のひとつとして、点数法をもっと簡潔にしようという動きがあったそうです。つまり、15、30、40ではなくて、1点、2点、3点という具合にです。ところが当時の英国紳士というのは筋金入りのヘソ曲がりで、なおかつ文学的精神にも富んでいたらしい。
 彼らはテニスゲームの中で、とくに“0─40(ラブ・フォーティ)”というスコアにただならぬ興味と愛着をもっていたらしいのです。新田さん、“0─40”というのはどういう戦況でしたっけ?」
「ええと、サーブ側が無得点で、レシーブ側が優勢であと1ポイントで勝ちですよね」

「そうですね。じつは、このスコアにはもうひとつ大きな意味があるんです。テニスはサーブ側とレシーブ側に分かれますが、一般にサーブ側のほうが有利だと言われています。自分の好きなところにサーブを打ってゲームを始めることができるのですから、ゲームの流れをつかみやすいということですね。プロの場合、200キロ前後の豪速球サーブもありますからさらに有利です。
 つまり、1ゲームごとに交互にサーブ権はまわってくるわけですが、そのサーブ権を持ったときのゲームは有利なはずですから、基本的には落としてはいけないゲームなんです。ということは“0─40”は最悪のスコアということになります。サーブ権を持っていて負けてはいけない場面なのに、あるまいことか最大のピンチに追いこまれてしまったという、嘆かわしいスコアです。
 “不覚の敗勢”……、これが“0─40”の意味です。逆に言えば、この窮地をいかにしのぐかが、その選手の技量であり、試合の見せ場だ、と英国人たちは考えたわけです。

 ところで、17世紀から18世紀にかけて、英国は欧州とともに“シノワズリ”という中国趣味が一世を風靡しました。おもに装飾・美術関係の流行ですが、それらの輸入とともに中国思想も多少流れ込んだようです。たとえば孔子です。孔子は論語において40歳を“不惑の歳”としています。40になって惑わぬようになったと語っています。
 ところが19世紀の英国紳士は孔子さんをお気に召さなかったんでしょう。オリエントの博士もどきが何をしゃらくさいことを言ってるんだ、と彼らは思ったようです。40歳で惑わぬどころか、現実にはますます惑うばかりじゃないか、と。人生はままならぬことの連続で、40歳と言えばまさに惑いの真っ只中だ、と。論語においては“不惑”と自信ありげに書いてあるが、我ら英国紳士にとって齢(よわい)40と言えば、テニスゲームにおける“0─40”にも似た心安まらぬものがある、と。

 つまり英国紳士にとって“0─40”とは、人生半ばにして出くわすピンチを意味するスコアであり、つまり“LOVE FORTY”……その窮地を愛してこそ、人生における本当の勝利が訪れるのだ、と解釈したらしいのです。
 英国紳士はテニス・ゲームの中に人生を見ているわけです。“0─40”つまり“LOVE FORTY”を日本語に訳すとすれば、“汝の40歳を愛せよ。そして真に勝利せよ”という引っかけがあると言うんです。
 ですから、テニスの点数法を簡潔にして“0─40(ラブ・フォーティ)”を“0─3(ゼロ・スリー)”にするなどということは、彼らにすれば言語道断、笑止千万なことだったわけです。これが、テニスの特殊な点数法が、今日まで生きのびてきた理由らしいのです」

続き(第93話)を読む

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この記事へのコメント
「汝の40歳を愛せよ」ですか。
新田真一は40歳…
なるほど、タイトルの「ラブ・フォーティ」には、そんな意味が含まれていたのですね。
Posted by セガワ at 2005年09月03日 17:09
ラブフォーティに
そんなステキな意味があったなんて!
面白い!!!
Posted by Hi-yo(ハイヨ) at 2005年09月04日 18:39
●●●セガワさんへ●●●
>「汝の40歳を愛せよ」ですか。新田真一は40歳… 
>そんな意味が含まれていたのですね。
はい。
たとえどんなつらいことがあっても、自分の40歳(代)を愛すること。人生の折り返し地点とも言える40歳(代)を大切にすることで、必ず人生は実りがあるという意味があるんです。
それがラブ・フォーティです。
Posted by オヤジライター at 2005年09月05日 05:45
●●●hi-yo(ハイヨ)さんへ●●●
>そんなステキな意味があったなんて! 面白い!!!
ありがとうございます。
新田の旅はさらに続きます!
Posted by オヤジライター at 2005年09月05日 05:47