2005年09月06日

ラブ・フォーティ 第95話 〜スローモーション〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第94話より続く

 タツエが叫んだ。
「あと10回! 最高のインパクトをイメージして振って。いまの疲れて苦しい気持ちを、目の前の敵にぶつける。やっつける。そう、強く、強く、強く……」
 150回。体を停止すると、汗がいっきに噴き出し、呼吸の乱れがさらに険しくなった。新田は上半身をストンと前に折り、手を膝についた。顔からしたたり落ちる汗が、またたくまに地面に染みを広げていった。
 タツエが拍手した。
「なかなかいい振りよ。ふだんひとりで素振りをするときは、目を開けてフォームを確認しながら練習すること。目を閉じちゃダメ。目を閉じるのは私流のレッスン方法で、体の動きを感じるにはとてもいいんだけど、ひとりでやるとチェックができないから、知らぬまに崩れたフォームを身につけてしまう危険性があるの。了解?」

 新田は、倒した上半身から顔だけ上げ、タツエに向かってかろうじてうなずいた。
「5分間休憩しましょう。次はミニ・ラリー。やっとボールが打てるわね」
 新田は、自分に驚いた。「やっとボールが打てる」という言葉に、信じられないほど気持ちがはしゃいだ。これほどバテているのに、胸が勝手に高鳴っている。
 新田は体を起こし顔を空へ向けた。9月の光が顔に群がった。目をつぶった。
 軽やかな笑い声が耳に入った。目を開けると、タツエがスポーツドリンクを持って立っている。とたんに新田は喉に渇きを覚えた。ドリンクを受けとり、いっきに飲み干した。
 体が復活した。
 新田がまなざしを厳しくして言った。
「では、ラリー、お願いします」

 タツエがうなずいた。
 ふたりは7メートルほどの距離をおいた。
 お互いに向き合って構えた。タツエの顔から笑みが消え、感情が消える。プロの殺し屋が人を殺すときは、おそらくこんな表情で銃を撃つのだろう、と新田は思った。体がこわばった。
 新田の緊張に気づいて、タツエが表情をやわらげた。
「ラリーは野球のキャッチボールみたいなものだから、お互いの調子が上がるように、最初は打ちやすいボールを返すようにして、次第にスピードを上げていくように。ここは狭いから、短い距離のミニ・ラリーしかできないけど、広い所なら最初は数メートルの打ち合いから始めて、最後は20メートル以上、つまりコートの端と端での打ち合いを想定して練習するといいわね。きょうは初めてのラリーだから、なるべくボールが山なりに飛ぶように打ち合いましょう」

 タツエのスウィングはスローモーションのようだった。ボールが、ガットの面でゆっくり運ばれるように前方に押し出された。
 ボールはフワリと浮き、山なりになって、新田の右斜め前方1メートルほどの地面に落下し、バウンドした。バウンドに合わせて新田はスウィングした。が、空振りした。ボールは新田を無視して、こまかく弾みながら後方へ転がっていった。それを新田はあわてて追う。たちまち息づかいが乱れる。拾い上げた所で、きまり悪そうに頭を掻いた。自分の位置に戻った。
 タツエがなだめるように言った。
「誰でも最初はそう。気にしない」

 新田は深くうなずいた。深呼吸し、左手のボールを睨みつけた。ラケットをテイクバックする。ボールを宙に放つ。ボールめがけてラケットを送り出した。打った。タイミングが悪い。打球は左方向にそれた。タツエの位置から届く範囲ではなかった。しかも山なりの飛球ではなくライナーですっ飛んだ。反射的にタツエは横ざまにステップした。ラケットを突き出した。なんとかボールをとらえる。ボールがガット面に接した瞬間、タツエはラケットを斜め下にこすりおろした。とたんにボールに逆回転がかかる。球速が殺され、フワリとした山なりの飛球となった。タツエからの返球は、ふたたび新田の右斜め前方1メートルほどの地点でバウンドした。打ちごろのボール。しかし新田はテイクバックを忘れていた。スウィング動作をはしょってせせこましくラケットを振った。タイミングが遅い。またもやボールが大きくそれる。タツエはボール方向に大股で踏み出し、体を低く沈めながらラケットを張り出した。難しいショートバウンドに、ラケットの動きをきれいに合わせる。鮮やかな返球。と同時に、タツエが叫んだ。
「ラケット、引く!」

 新田があわててラケットをテイクバックする。間に合った。新田の右斜め前でバウンドしたボールが、打ちやすいゾーンにさしかかっている。新田は構えた姿勢からラケットを振り出した。が、山なりに打ちかえそうとするばかりに、ほとんど真上にすくい上げてしまう。力まかせにボールを空高く打ち上げてしまった……かに見えたが、そのときすでに垂直にジャンプしていたタツエが、振りかざしたラケットで上昇球を軽く叩きおとした。そのボールは降下して、ふたたび新田の右斜め前で正確にバウンドした……。

続き(第96話)を読む


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