2005年09月10日
ラブ・フォーティ 第99話 〜プロフェッショナル〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第98話より続く
タツエが微笑んだ。練習中とは打って変わって、柔らかなまなざしが新田の不服をなだめようとしている。
「最後の10分間は、きょうの新田さんのベスト・ショット。ナイス・ラリー」
タツエは、右手に持っているラケットのガット面と、左の手の平をぽんぽんと打ち合わせ、拍手の真似をした。その姿は、まるでバイオリニストが弓でバイオリンを軽く叩いて拍手を表わすような、プロフェッショナルな仕草を感じさせた。新田は、タツエというテニス・プレイヤーから正式に賛辞をいただいたような誉れを感じた。思わず恐縮ぎみに頭をちょこんと下げた。
タツエがガットのズレをこまめに直し始めた。手もとのラケットと新田の顔を、交互に見ながら言った。
「新田さんはいま、もっと打ちたいところだと思うんだけど……。たぶん、いまがきょうのベスト・ショットが出ているときだと思うの。そのベストの感触を体に残して、きょうのレッスンを終わらせましょう。きょうの夜、布団の中に入ってもその感触が、新田さんの体に息づいているようにしておきたいの。そうすると、次の練習が楽しみになって、前向きに取り組めるというわけ」
タツエは軽く咳払いをしてから、真っ黒な顔をニヤッとさせた。
「これが上達のコツ。打ち終わりの最後の印象っていうのはとても大切なの。これは練習のときでも試合のときでも同じこと。だから、負け試合のときにヤケになってバッド・プレイをしてしまうプレイヤーは、次のプレイに響いてしまうわけ。反対に、一流といわれるプレイヤーほど、どんな試合展開になっても最後まできちんとプレイをするわね。次の試合のことを考えて常にベストの感触で終わらせようとするわけ。野球なんかもそうでしょ? 負け試合になると8回9回あたりをいい加減にプレイしてしまうチームは、基本的に二流のチームよね。次の試合のことを考えれば、グッド・プレイで終わらせる努力がとても大切なのにね」
タツエは腕時計を見た。
4時間近くがたっていた。12時になろうとしていた。
初心者に対してずいぶん無茶をさせてしまったもんだ、とタツエは思った。しかし新田真一がこれほどまでに頑張るとは想像していなかった。もっと早くつぶれるかと思っていたのに、けっこう根性があるじゃないの。タツエは口の中で“根性”という言葉を心地よく転がしながら、やけに懐かしいものに再会したような気がしていた。
汗だくの新田は、自分の手の平をいまいましげに見つめていた。タツエは、新田から1メートルほどの所まで歩み寄ると、首を伸ばして新田の手を覗きこんだ。
「あらま、凄いことになってるわね」驚いているというよりは楽しそうな口ぶりだった。「昔の男は、みんなそんな手を経験したんでしょうね。刀を振る侍の手、鍬を握る百姓の手、網を引く漁師の手……。新田さんも“昔の男”に仲間入りってところかしら」
新田はなおも手の平を見ていたが、そこに痛みはもう感じていなかった。それどころか、“昔の男”と言われたことが妙に誇らしかった。
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Posted by love40 at 08:00
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