2005年09月12日
ラブ・フォーティ 第101話 〜ギャラリー〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第100話より続く
次の“変化”、それはタツエの練習メニューに起こった。
タツエが新田に課していた練習は、3カ月でフォアハンドをマスターすることだったが、新田の上達が彼女の目論見をはるかに超えてしまったのだった。9月に初めてラケットを握ったというのに、10月半ばにはすでに新田のフォアハンドはある水準にまで達していたのである。早朝と夕方の2回、必ず壁の前に立ってフォアハンドストロークの練習をおこなったことが、通常の練習の2倍以上の効果をもたらしたのだ。
フォアハンドを始めてから1カ月余りで、タツエは新田にバックハンドを許可し、さらにたて続けにボレー、サービス、スマッシュを教えていくこととなった。このぶんだと12月には“コート・デビュー”ができてしまう、とタツエは思った。タツエにとってこれは異例なレッスン速度だった。
急速に腕を上げていく新田に対し、タツエは驚くことしきりだった。そのことが新田には痛快だった。いままでタツエに驚かされてばかりいた自分が、反対にタツエを驚かすことになったのだ。こんなに愉快なことは、いままでになかった。
新田は思った。
――“やられたら、やり返せ”ということだな。
新田は、ゲームの本質に触れたような気がした。以前、多摩川べりで芳賀さんが言っていた“ファイト・バック”とは、つまりそういうことなのかもしれない、と思った。“やられたら、やり返せ” それが戦うことの面白さなのかもしれない。そして戦うことの極意は“やられないように、やりつづけろ”ということではないだろうか。そのために練習するのだ、練習して強くなるのだ、と新田は思った。
気がつくと、新田はさらに練習の虫になっていた。
結局、タツエの練習メニューの“変化”は、新田のテニスに対する欲をいっそうかきたてることになり、さらに次の“変化”と遭遇することになった。
次の“変化”、それは空(そら)に起こった。
10月、11月、そして冬へと季節が移るにしたがって、日照時間は日増しに短くなっていった。日の出が遅くなり、日の入りは早くなる。自然がもたらす変化だったが、これが新田にとっては悩みの種となった。照明などない貯水槽で壁打ちをするかぎり、暗くなればボールは見えなくなるため、練習時間は日に日に短くなっていく。とくに退社後の壁打ちは、ある時期から困難になり始めていた。ほかの場所を探してみたが、夜でも明るく壁打ちができる所など、そうめったにあるものではなかった。
練習時間が短くなれば、上達の速度も鈍ることになる。新田は焦ったが、打開策が見つからぬまま日は過ぎていった。もっともっとボールを打ちたかったが、太陽にだけは逆うことができなかった。新田は、ままならぬ練習量にいらだちを募らせ、知らぬまにうつうつとした気分にさいなまれるようになっていた。
7月の“プール走”以来、新田の身に起こった“変化”は、次々と新たな“変化”をもたらし、そのたびに新田をテニスの道へ後押ししてきた。しかし、ここで失速してしまったのだった……。
晴美が“お化け工場”へ行ってみたいと言い出したのは、ちょうどそのころのことだった。
「タツエさんが、見学してもいいって言ってたわ。そろそろ“ギャラリー慣れ”しておいたほうがいいかもしれないって」
タツエの判断に逆らうことはできなかった。新田は、妻の申し出を渋々承知した。
ある朝、新田は、晴美と理沙をひき連れ、壁打ちをしに“お化け工場”へ行った。
ふたりは、巨大な廃屋を前にして悲鳴のような歓声をあげ、そして裏塀の“秘密の穴”を這いつくばってくぐり抜けるときにはさんざ不平を漏らし、さらに深い貯水槽を見おろして大きなため息をついた。
外国の戦争映画に出てくる捕虜収容所のようだ、と言ったのは晴美だった。そう言われてみれば確かにそうだ、と新田は思った。ギャングが仲間をリンチする場所みたい、と言ったのは理沙だった。新田はその意見にもうなずいた。
「あら、自転車」
そう言って晴美は、中庭の隅に打ち捨てられた自転車に近づいていった。
「だめだよ、お母さん。そんな錆だらけの自転車。ハンドルだってへし曲がってるもん。それはもうリサイクルできないよ」
理沙は父親と並んだまま、その場を動こうとしなかった。
晴美は自転車を立てると、ハンドルを動かしたりペダルをまわしてみたり、あちこちいじり始めた。
理沙は腕組みをして「物好きなお母さん」と言ってあきれた。いくらPTAでリサイクル運動をしているからといって、あそこまでボロボロの自転車に興味を持つことないのに、と思いながら小さな唇を尖らかせた。
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Posted by love40 at 07:48
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