2005年09月18日

ラブ・フォーティ 第107話 〜マンツーマン〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第106話より続く

 コートではタツエが巧みにボールを操って、ほかの3人のプレイをまんべんなく盛り上げていた。
 オバちゃんはしばらくぼんやりとゲームを眺めていたが、ふと新田に顔を向けた。
「不思議よね、タツエさんて。だって、ずいぶん前に突然弟子をとらなくなったと思ったら、またこうやって教えるようになるし……。あのころ理由を聞いても、あの人ったら何も言わないから、いまだに謎だし……」
 オバちゃんの話は、新田にとって要領を得ないものだった。

 新田は尋ねた。
「あの、“弟子”というのは……?」
「いまの新田さんのように、ね。タツエさん、以前はよく付きっきりで人をコーチしていたのよ」
「“以前”ということは、最近はそういうことをしていなかった?」
「そう。ここ4〜5年はしていなかったんじゃないかしら」
「5年ほど前までは、タツエさんに、そういう弟子のような人が何人かいたということですか?」
「いいえ。いつも、ひとりね」
「“ひとり”?」
「そう。みんなタツエさんに教えてもらいたがるんだけど、タツエさんは“ひとり教えるのが精いっぱいだ”って言ってね。それで、ひとり弟子にすると半年くらいマンツーマンで鍛えて、その人がある程度になると卒業ということで、また新たにひとり弟子にするってわけ。ところが、あるとき突然そういうことをしなくなっちゃったのよ」

「何かあったんでしょうか?」
「さあ……。さっきも言ったけど“謎”ね。あの人、あまり自分のこと言わないもの」
「なるほど……。ところで、どんな人が弟子になっていたんですか?」
「いろいろだったわねえ。初心者の人もいたし、上級者の人もいた。子供もいたし、年寄りもいた。男の人も、女の人も……。そういう人たちを、タツエさんがどういう目安で選んでいたのか、あたしにはさっぱりわからないねえ」
 コートではゲームの切れ目を利用して、タツエがダブルスパートナーのボレーフォームを手直ししているところだった。
 それを見ながらオバちゃんが言った。
「ああやって、いっしょのコートになったときは、弟子とか何とか関係なく、タツエさんは誰にでも親切に教えてくれるの。“袖触れあうも他生の縁”ってことかしらねえ。面倒見がいいの。面倒見がいいから、反対に、責任もって教えられるのは“ひとり”って決めていたのかもしれないわねえ」
「なるほど……」

「ところで……」オバちゃんは人懐っこいまなざしを好奇で揺らした。「新田さんは、タツエさんとはどういうお知り合いなの? どういうきっかけで教えてもらえることになったの?」
「じつは、妻が偶然タツエさんと知り合いまして、そのとき“テニスを習うなら、この人がいい”と思ったんだそうです。それで妻がタツエさんを口説いて、こうしてコーチをしていただけるようになった、というわけです」
「へええ、そうなの。じゃあ、奥さんもテニスをなさるの?」
「いえ、妻はしません」
 新田がそう答えると、オバちゃんは目をしばたたいた。
「“しない”? じゃあ、奥さんはご主人のためにタツエさんを?」
「はい、そういうことになります」
「あら、まあ!」
 オバちゃんは上半身をのけぞらせ、紅色の唇をまん丸く開けてひどく驚いた顔をした。

 新田は思わず身を乗りだして尋ねた。
「あのぉ、何か?」
「だって、そうじゃないの」オバちゃんは今度は顔を突き出して声をひそめた。「いくらタツエさんがもういい歳しているとはいえ、やっぱりれっきとした女じゃないの。その女(ひと)に、ポンとご主人をまかせちゃうなんて、新田さんの奥さんって偉いわよ。あたしが自分の亭主にそうできるかといったら、ちょっと真似できそうにないもの」
 感心しきったオバちゃんの顔と、コートを走りまわるタツエを、新田は交互に見ながら言葉を漏らした。
「なるほど。そんなこと1度も考えたことなかったですよ」
 新田の驚きようを見ながら、オバちゃんはしたり顔でうなずいていたが、突然目つきを弾ませた。
「わかった! これは、奥さんのお手柄なのよ。何年も弟子なんかとらなかったタツエさんが突然やる気になったのも、奥さんがご主人に代わって頼んだからよ。奥さんの“内助の功”ってことね!」
 オバちゃんは、自分の思いつきにただならぬ自信をこめて断じた。

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