2005年09月19日
ラブ・フォーティ 第108話 〜ブレーキ〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第107話より続く
やがてコートの借り時間が半分ほど過ぎ、オバちゃん4人組は休憩がてらお茶の時間にすることにした。タツエと新田だけは、そのまま休まずレッスンにとりかかった。
新田はサーブポジションに、タツエはレシーブポジションについた。
新田はサーブを打つと、間髪入れずにダッシュしてネット方向へ詰めていき、タツエからの返球をボレーする。そのボレー球をタツエは小高く打ち上げる。小フライとなったボールを、今度は新田はスマッシュする。そのさいタツエが「右!」とか「左!」と命ずるので、その方向に打ち込む。新田はスマッシュし終わるやいなや、そのまま背走してサーブポジションに戻る。そしてベースライン脇に置いてある籠から新たにボールを取り出し、ふたたびサーブをする。
サーブ〜ダッシュ〜ボレー〜スマッシュ〜バックで1回。それをくり返しおこなう。2回……、3回……、4回……。新田の動きが緩慢になったりすると、タツエの怒声が容赦なく飛ぶ。そのたびに、ほかのコートの人たちが驚いて振り返る。
オバちゃんたちはベンチで、クッキーを頬張りお茶を飲みながら、ふたりのレッスンを眺めている。
「懐かしいねえ、あの怒鳴り声」
「ほんと。何年ぶりくらいかしら?」
「4〜5年になるわね」
「へええ、もうそんなに……」
「あの新田さんていう人、けっこう頑張るじゃないの」
「あの人、すぐ強くなるよ」
「そうだね。強くなるね」
先ほど新田から根掘り葉掘り聞いていたオバちゃんが、自説をたっぷりまじえながら最新情報をさっそく披露した。ほかのオバちゃんたちは「へええ」とか「あらまあ」と声を上げながら聞き入った。新田婦人の“内助の功”は、このオバちゃんたちの口から、あっというまに、あちこちのテニス仲間に広がっていくことになるのだった。
タツエと新田のサーキット・レッスンは40回で終了した。
たった十数分間で、新田は、普通の人の1時間ぶんくらいの運動量をこなしてしまった。全身から汗が噴いた。12月の寒気の中で、ただひとり新田の体だけ白い湯気が立ちのぼり、まるでそれがのろしのように見える。
後半のダブルスゲームが始まった。タツエはベンチに戻ったが、新田は休むことなく参戦した。そして、ふたたび古ダヌキたちにかしましく翻弄された。
ゲームを終え、オバちゃんたちに別れを告げると、タツエと新田はそれぞれの自転車に乗って次のテニス場へ向かった。
人通りのまばらな裏道を並走しながら、新田はタツエに“5年前のこと”を尋ねた。
タツエは苦笑した。
「あの人たちのことだから言うかもしれないとは思っていたけど……。さっそくその話が出たの?」
「ええ。“謎だ”って言ってました」
「大げさねえ。別に隠しているわけじゃないんだけどね。とくに言う必要もないことだから、あの人たちには言わなかったまでのことなのよ。でも……、新田さんの立場なら、知っておいたほうがいいかもしれないわね」
「“立場”? “知っておいたほうがいい”?」
新田はハンドルをさばきながら、そっと横をうかがった。
タツエは前方をじっと見つめたまま話し始めた。
「じつは5年ほど前、ある女の子にテニスを教えていたの。女の子と言っても25歳くらいだけど。その子が、ある日コートで倒れちゃったのよ、私が教えている最中に」
「“倒れた”?」
「そう。心臓麻痺」
“心臓麻痺”という言葉が新田の体をこわばらせた。無意識にブレーキをかけていた。自転車は急停車した。
タツエの自転車は勢いのまま10メートルほど走りすぎてからようやく止まった。タツエが後ろを振り返った。野球帽から流れ出た髪が頬にまとわりついた。それを荒っぽく手で払いのけた。タツエのややしかめた顔が新田を見た。
しゃがれた声が飛んだ。
「驚いた?」
「あ、いや……、ええ……」
新田は声を漏らしながら、つま先で地面を蹴って自転車を前進させた。
新田が横に並ぶと、タツエは自転車から降り、手押しながら歩きだした。新田もそれに従った。
続き(第109話)を読む
人気blogランキングに参加中♪
Posted by love40 at 07:53
│Comments(0)




