2005年09月27日
ラブ・フォーティ 第116話 〜ナーマンダー〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第115話より続く
酔いを深め、夜が深まるにしたがって、エリーゼにテニサーが結集し始めた。そして店は、いつしかテニサーの忘年会場となっていた。
新田はチンネンに言った。
「僕も、チンネンさんのように若いときからテニスをやっていたかったですよ。もっと早くテニスに出会いたかった」
酔いに浮かれ始めていたチンネンのまなざしが、さっと静かになった。
「新田さんはおいくつですか?」
「40です」
「そうですか。あの……、まだぜんぜん遅くないと僕は思いますけど。だって、あと30年やそこら、新田さんと僕はテニスをすることになるんですよ。ここにいる誰もが、これから何十年もコートの上で会うんです。そしてタツエ先生のこの店で飲むんです。そして最後の最後は……、この愚僧が、しかと面倒を見ましょう」
チンネンがおどけた調子でふたたび合掌をした。
新田は、自分の気持ちがすっと軽くなるのを感じた。うなずいた。それから精いっぱい芝居がかって頭を垂れて言った。
「ははあ。その節はなにとぞよろしく」
「かしこまりました」
チンネンも大仰に頭を垂れ、そして笑った。
新田も腹の底から笑った。まるで腹の底の塵(ちり)を振るい落とすかのようだった。
ぜんぜん遅くない、か。
新田は店の中を見まわした。
会社の人間とのつきあいがあと15年ほどだとすると、ここにいる人たちとは、その倍の30年、いやそれ以上のつきあいになるのかもしれない。そう思うと、新田の気持ちがぬくもった。
新田は思った。きょうはここに来て本当によかった、と。
エリーゼはたいへんな騒ぎだった。
一般客が姿を消し、テニサーだけとなった店は、そこかしこでテニス談義に花を咲かせていた。
タツエがカウンターの中から突然声を張った。
「ちょっとみんな聞いてちょうだい!」
店内がすっと静まった。タツエのしゃがれ声がふてぶてしく響いた。
「ええ、あそこにおります新田真一氏が、タツエ・スクールのレッスン・ツーを無事卒業したことを、ここに発表いたします」
「おお」という歓声とともに拍手が起こった。
誰かが言った。
「ところで、タツエ姉さん、レッスンはいくつまであるんだい?」
タツエは煙草をひと喫(の)みしてから、目を細めてちょっと考えた。その目が新田に向いた。
「そうだねえ、レッスンがいくつあるかは本人次第だね。新田さん、レッスンはいくつまで頑張れそう?」
新田は首をかしげた。
チンネンが新田に言った。
「ねえ、新田さん。“地獄の3丁目”という言葉があるくらいだから、とりあえずレッスン・スリーということにしておいたらどうです?」
とたんにタツエが一喝した。
「お黙り、チンネン! あんたも地獄を見たいのかい?」
「それだけはご勘弁を。ああ、ナーマンダー、ナーマンダー」
どっと爆笑が起こった。
新田も笑った。
わが生涯最高の忘年会だと思った。
レッスン・ツー卒業、か。
ついにここまで来たか、と感慨にふけるうちに、毎日毎日クソ寒い中で自転車をこぎつづけてくれた晴美の顔を思い出していた。その晴美に、一刻も早く卒業のことを報告しなければいけない、と思った。
新田は席を立った。
みんなが引きとめる中、先に帰ることを謝りながら、新田はエリーゼを出た。
夜もだいぶ更け、商店街もあらかた閉じてはいたが、週末のせいもあって人通りは多かった。連なる店の軒先には“年末大売り出し”の垂れ幕や飾り物などがほどこされ、師走のあわただしさをあおっていた。新田はそれらに目を走らせながら、思いを膨らませた。
――来年は、いよいよレッスン・スリーか……
心地いい酔いに足どりを弾ませ、新田は家へ向かった。
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Posted by love40 at 07:59
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